全英オープン初制覇、黄金世代・渋野日向子選手 !! | “ Ackee ” の ブログ !! (b^-゜)

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久々となる 『スポーツ』  関連のBlog更新 と参ろう。

新しく元号が 『令和』 に摂って替わり、三ヶ月目に入った。

その新しい 令和の新時代を象徴するかの様に、

素晴らしい快挙 が生まれた。

女子ゴルフのAIG全英女子オープンで。

日本選手として 42年ぶりとなるのメジャー制覇を果たした、

渋野日向子(しぶの・ひなこ)選手(20) 、その人である。

(日本人、女子プロゴルフ界に42年ぶりとなる、

メジャー制覇の新風を吹き込んだ、渋野日向子選手。)


『米女子ゴルフ:AIG全英女子オープン』 、

最終日の08月04日、

英国・ミルトンキーンズ・ウォバーンGCで、

{(6756ヤード、パー72)■賞金総額450万ドル(約4億9500万円)

優勝賞金67万5000ドル(約7400万円)}

で行われた、 最終18ホールで、

渋野日向子(しぶの・ひなこ)選手(20)《RSK・山陽放送》 が、

劇的なバーディーパットで、ホールインし、

実に 日本勢としては42年ぶりのメジャー優勝 を掴んだ。

昨夏に日本のプロテストに合格した全く無名だった渋野選手。

今年05月にツアー初優勝し、

先月07月にも2勝目を挙げるなど急成長を遂げ、

しかも今回初めて出場したメジャーで、いきなり頂点に立った。

首位から最終組で最終ラウンドに臨み、

リゼット・サラス選手 と通算 『-17』 で迎えた18番で、

パーティーパット を沈め、勝利を決めた。

緊迫感の中で笑顔を絶やさず、スコア 『68』 に纏め、

「最後のパットもそこまで緊張していなかった」 と声を弾ませた。

(寡黙な日本人プロゴルファーが多い中、

明るく屈託のない天性の笑顔キャラは、正に異色。

諸外国のゴルフファンのギャラリーには、絶大なる支持。

この事が、目には見えない心理戦での、

心強いギャラリーの応援=プレイの全力集中に繋がり、

42年ぶりとなる日本人2人目の、

メジャー制覇の夢を実現させた。)


渋野選手は、岡山県・作陽高校在学時、

全国高校選手権の団体優勝を飾っている。

アマチュアで目立った成績はなかったが、

実質的に今季1年目となる日本ツアーで、

2勝する等急成長していた。

予選通過が目標だったという渋野選手。

その初の海外試合で、誰もが予想しなかった快進撃だった。

プロになってまだ1年目なる新星が、

数々の名手が届かなかったタイトルをあっけなく掴んだ。

日本人としては昭和52(1977)年の、

全米女子プロ選手権を制覇した、

樋口久子(ひぐち・ひさこ / 現 日本女子プロゴルフ協会顧問)

以来、実に42年ぶりとなる快挙 である。

(42年前の昭和52(1977)年、

全米女子プロゴルフ選手権に優勝した、

樋口久子選手(当時)。

アジア人初のメジャー制覇を果たし、

世界もその実力を認めた。

英語では 『ひさこ』 という名前が呼び難い事から、

“Hisako {Chako} Higuchi” (チャコ・ヒグチ) と呼ばれた。)


まだ20歳の渋野選手は、

「何で私が優勝しちゃったんだろう」 と無邪気に歓喜した。

今大会、首位から逃げ切りを図ったが、

3番ホールをダブルボギーなどでスコアを落とし、前半に後退した。

しかしそれでも「追われるより追う立場の方がやり易い」

というプラス思考で、苦境に立ち向かった。

得意とする後半、波に乗って5バーディーとスコアを大きく伸ばし、

刻々とトップの状況が変わる中にも常に笑顔を失わず、

初めての海外試合の挑戦で見事に勝機を引き寄せた。


(樋口久子選手{当時}が、アジア及び日本人、

初の女子プロゴルファーとして、

メジャー制覇を成し遂げた以降、

岡本綾子さん<上>、宮里 藍さん<下> らが、

メジャー制覇を目指して出場したが、

メジャー制覇の壁は厚く、

その夢を成し遂げる事は出来なかった。)


嘗て、米女子ツアー通算17勝で賞金女王にも輝いた、

岡本綾子(おかもと・あやこ)さん。

世界ランキング1位となった、

宮里 藍(みやさと・あい)さんですら、

成し遂げる事が出来なかったメジャー制覇の夢。

その夢を渋野選手が初挑戦にして、

勢いであっさりと制覇をした。


(最終18番ホールをバーディーパットで沈め、

42年ぶりの快挙となる日本人女子プロゴルファー2人目の

偉業を達成した、渋野日向子選手。)


日本の女子ゴルフツアーを席巻する、

平成10(1998)年世代の活躍。

渋野選手の同世代には、 河本 結(かわもと・ゆい)、

原 英莉花(はら・えりか) と言った

国内の女子ゴルフ界では、

強力なライバル二人が対峙している。

何れの二人も今季の国内ツアーでは、

優勝をして頭角を現してきている。
海外ツアーで初制覇を果たした渋野選手を含め、

三つ巴になる切磋琢磨が続く事になるのだろう。

新しい時代 『令和』 に摂って替わり、次の世代を引っ張る、

日本の女子ゴルフ界に彗星の如く現れた、

ニューヒロインの誕生 である。

(最終18番ホール、先発の リゼット・サラス選手は、

バーディー・パットを逃がし、

パー72中55の、トータル「-17」でHOLE OUT。

後発の 渋野日向子選手は最終18番ホール、

一発でバーディーパットを決め、

パー72中54、トータル「-18」でHOLE OUT。

僅か1打差で以って、42年ぶりとなる日本人2人目の、

メジャー制覇を成し遂げた。)




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【動画編】

『米女子ゴルフ:AIG全英女子オープン』 関連

https://www.youtube.com/watch?v=QjMTZhiJB6k

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【渋 野 日向子 (しぶの・ひなこ) プロフィール】

{愛称}シブコ。

平成10(1998)年11月15日 生まれ

岡山県岡山市出身

陸上競技の投擲選手だった両親

(父:円盤投、母:鑓投)の下、

三人姉妹の二女として生まれ、

小学校2年生の夏休みにゴルフと出逢う。

平成22(2010)年 「岡山県ジュニアゴルフ選手権競技」

(小学生・女子の部・高学年)で3位等の成績がある。
平成26(2014)年に岡山県作陽高等学校へ進学し、

同年の 「中国女子アマチュア選手権」 で優勝。

平成27(2015)年 「全国高等学校ゴルフ選手権大会」

女子団体戦では、

同高校のメンバーとして出場し、

大里桃子がいた熊本国府高等学校を抑えて優勝した。
高校卒業後の平成29(2017)年に、

日本女子プロゴルフ協会

(JLPGA)最終プロテストに進出。

3日目までで+14となった為、

最終日はプレー出来ずに終える。

同年サードクォリファイングトーナメント(QT)

B地区59位で、ファイナルには進めなかった。
サードQT進出者の資格で平成30(2018)年に、

ステップ・アップ・ツアーに出場。

主催者推薦競技会(マンデー)を経て、

同年唯一JLPGAツアーに出場した

「アース・モンダミンカップ」 で、

初日(9番ホール)にホールインワンを達成して、

600万円を得た。

同年2度目のJLPGA最終プロテスト進出を果たして、

14位で合格しJLPGA90期生となる。

同年のファイナルQT40位で、

翌シーズン前半戦のJLPGAツアー出場資格を獲得。

プロテスト合格後に、地元RSK山陽放送の、

ゴルフ番組に出演したのがきっかけで縁となり、

平成31(2019)年02月から、

同社と所属契約を結び今日に至る。

【Instagram】https://www.instagram.com/pinacoooon/?hl=ja

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【お断り】

渋野選手の正式の苗字は、

旧字体の 『澁野』 になります。

但し、JLPGAの登録表記の関係上、

略字体である 『渋野』 に表記となって折ります。

ご了承下さい。

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JG7MER / Ackee