前回に引き続き 『ご当地【街角めぐり】』 関連の、
Blog更新と参ろう。(^-^)/
今回ご紹介するのは、仙台駅東口至近にある
『初恋(はつこい)通り』 をご紹介する事にする。(^-^)/
JR仙台駅東口駅前広場に北接するBiVi仙台駅東口及び、
仙台駅東口交番(宮城県警・仙台東警察署管轄)の間にある、
島崎藤村の 『若菜集』 の代表作 『初恋』 に因んで、
命名された歩行者専用道路 である。(°∀°)b
(歩行者専用道路の街路灯に取り付けられている、
『初恋通り』 のネームプレート。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:)
土地区画整理事業施行に伴い、
現代的な街並みに大きく変貌した。w川・o・川w
通り沿いには飲食関係の店が多く立ち並び、
老若男女を問わず訪れる人が多い。o(^▽^)o)
嘗ては、 戦災で空襲に遭わなかった地域のため、
古い建物や細い路地の通りだったが、平成12(2000)年03月に
JR仙石線の立体交差(地下)化が完成したのを契機に、
急速に都市化が進み再開発を経て、
今日の街並みの形成 に至っている。(=◇=;)
さて気になるこの通りの名前の由来であるが、
時は遡る事、 明治29(1896)年09月08日。
明治から昭和初期に掛けて活躍した文豪・島崎藤村が、
私学 『東北学院』 へ英語教師として、
ここ仙台へ赴任してきた時 から始まっている。(=◇=;)
( 初恋通り周辺の町名は、名掛丁(なかけちょう)。
明治の文豪である島崎藤村は、
この近くの 「下宿・三浦屋」 に下宿し、執筆活動を始めた。)
赴任した年の同年10月25日に母の死に直面し、
当時住んでいた広瀬川を見下ろす崖上の、
支倉町(現 青葉区支倉町)の住居で詩作を始め、
1年後に英語教師の職を辞した後に、
ここ仙台駅近くの 「下宿・三浦屋」 に移って、
第一詩集 『若菜集』 を執筆、これを発表して文壇に登場した。
この詩集の中に代表する詩が 「初恋」 であり、
通りの命名もここから由来している。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
(島崎藤村が、現在の私学東北学院に、
英語教師として仙台へ赴任したが、
約1年後に職を辞して、ここ 「下宿・三浦屋」 に籠り、
執筆活動を始め 詩集 『若菜集』 を書き上げた<下>。
現在は土地区画整理に伴い、嘗ての場所の一部は、
公園広場に摂って替わり、
市民の憩いの場となった(<上><中>。(・∀・))
『一葉舟』 『夏草』 『落梅集』 の詩集で、
明治浪漫(ろまん)主義義の開花の先端となり、
土井晩翠(仙台(現 宮城)県仙台出身) と共に、
「藤晩時代」 または「晩藤時代」 と並び称された。
生前中に詩集を出したのは、上記の4冊だけである。
島崎藤村が当時下宿していたとされている三浦屋があったのは、
今の藤村広場の箇所とされている。(^-^)/
(仙台に英語教師として赴任していた、
当時の島崎藤村。w川・o・川w)
塩竈神社<左前>と、三吉神社<中奥>。
右端は、両神社を管理する社務所。)
再開発前のJR仙石線・仙台駅が地下化される前の、
地上駅があった時代の丁度北側に位置する処に、
住んでいたとされているのだ。
現在は、ご覧の通り区画整理の対象地域となり、
当時の面影を知る事は出来ないが、
藤村広場に配置されている、
記念碑及び置き石等が当時を知る手掛り、
となっている次第である。(^-^)/
現在の 『初恋通り』 は、飲食街を形成しつつ、
通り沿いには塩竈(しおがま)神社、
三吉(みよし)神社の社殿が祀られ、
歩行者専用道路のコミュニティー道路 として形成され、
今日に至っている。(b^-゜)
(通り沿いのネームプレートを横にする、筆者。(/ω\))
【初恋通り アクセス】
JR 仙台駅東口から徒歩凡そ3分。
JR仙台駅東口広場⇒BiViビル⇒
⇒初恋通り(仙台東口交番とBiViビルの間)
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E140.53.15.033N38.15.28.921/zoom/10/
JG7MER / Ackee


