降りてきた!神が降りてきたぞ!
よし、回すぞ!回せ!回せ!


勝新太郎のことをご存知の方はどれくらいいるだろうか。名前は聞いたことがある、という方は大勢いるだろう。それ以外にも、中村玉緒の旦那。パンツに大麻を隠して捕まり迷言をはいた人。豪放磊落で昔気質の役者。そしてもちろん座頭市を演じた役者など。僕がこの本を読み始めたきっかけも、映画全盛期の昔のスターはどんな派手な生活を送っていたのかこの本で覗けるかな、という実に下世話な動機だった。
ところがどっこい読んでみると、「勝新太郎」という人間の波瀾万丈な生き方が描かれてはいるが、中心テーマは「製作者・勝新太郎について」であった。役者としてだけではなく、製作者として良い作品を作りたい、という凄まじいまでの執念。その結果、巨匠といわれる監督との確執。黒澤明とぶつかって影武者の主役を降りたこともそれが原因である。とにかく本書では制作の現場で勝と過ごしたスタッフの話から、どこまでも自分の理想を追い求めるその狂気を感じさせる製作者としてのこだわりを描ききっている。やがて自分が座頭市か、座頭市が自分かわからなくなり、また理想への追求から監督、脚本、主演、編集まですべて一人でこなし、予算の大幅オーバーもかえりみなくなってしまう。座頭市を演じることが燃え尽きてできなくなった後もその姿勢は変わらず、結果として会社をつぶし、自分自身も製作の場を失っていく。それでもその製作にかける純真な思いから、様々な役者に慕われ復活するも、前述のような大麻問題で自分から機会をつぶしてしまう。詳しく書かないが、晩年、中村玉緒の旦那的扱いの中でも、製作者としてのこだわりを通すくだりは胸にくるものがある。
僕も片隅とはいえ、何かコトなり、モノなりを製作するという世界にいる。もちろん映画のように純粋に観客を喜ばせたり、感動させるというのとは違い、クライアントの意図を達成するということを目的に製作している。そこは商売である以上、期限を守り、予算内で、求められるクオリティの少しでも上を目指して納品する、ということが当然のことである。そうでなければ二度と発注をもらえなくなってしまう。そこにはバランス感覚が求められ、その感覚が優れたものが優秀な広告マンということになるのであろう。
そういう業界にいる自分であるからこそ、破滅への道を歩きながら、それでも自分の理想を追い求めて作品を作り続けた「勝新太郎」という男の生き様に、激しく心を揺さぶられてしまった。

天才 勝新太郎 (文春新書)/春日 太一

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