父や義父母の時は百箇日の法要などはしなかったので、そんな日があるとは知らなかったけれど
悲しみに区切りをつけ、日常生活に戻っていく日だとか
悲しみから抜け出すというよりは
いないことを日常として受け入れていくということなのかもしれません
ずっと寂しさを抱きしめながらね
生きていくわけだよね
心の中とかお部屋の中とかの春馬君スペースはそのままに、、、
そのスペースには誰も入れないと思うのだが
そのまわりは、賑やかにしていきたいと思うのであります。
春馬君が魅せてくれた世界
春馬君から繋がった人
生き方(これ、ちょっと見習いたいと思って)
まだ、新しい扉も開けそうな気がするよ