考え始めたら疲れてきました。 | Sunny and Rainy

Sunny and Rainy

precious days in Ghana, in Vietnam

おぼろげながら、

そしてはっきりした論拠もなく、

ここ数年「教育を受ける事って大切だ」ということは
今も信じて疑ってないけど思ってて、

でも「どうして」「なぜ大切なのか」を考えたとき、
いつもはっきりとした答えは出せずにいました。


それでも、「なんとなくこうかな~」とぼやっと考えていたことが
しかしガーナに来る前と今とではちょっと変わってきたように思います。

前までは、

教育を受ける機会を得る事を

私はずっと「お金を得るための手段」的に捉えていた部分がありました。


例えば、学校に行けば読み書き、計算が身に着く、

そうすれば職業の選択の幅が増える、家族を養っていける、余裕が生まれる、自立していける、

とか、そういう「生きる手段」のために教育があるのだと思っていました。


この考え方が正しいか間違ってるのかはよくわかりませんが、

でも今は、この考え方に加えて


道すがらアジア人をバカにしたように平気で差別用語を叫んでくる大人を見たり、

そんな大人を見て、わけもわからず大人の真似をして差別用語を叫んでくる子どもに近寄られたり、

ヘドロがひどくて不衛生極まりないけど誰も何もしない放置されっぱなしの川を見たり、

「自分さえよければそれでいい」という感情むき出しで平気で割り込んで順番抜かししたりして
結局カオスになってるバスステーションや道路を見たり

平気で賄賂を巻き上げる警察を日常の一コマとしてみなしていたり。


他にも書ききれないくらいいっぱいあるけど、

そういう日常を見てきて、「教育ってだから必要なんだ」


と思うようになりました。



考えたら当たり前っちゃ当たり前のことなんだけど、

教育→収入

とかそういう即物的なことじゃなく

もっとこう・・・積み重なって積み重なって

やっと形になるもの、当たり前すぎて目に見えない、けど重要なもの、

そういうのを備えるために受けるものが教育なのかもなー


「かもなー」ってぼーんやり、ほんとにものすーごくぼんや~~~りと
思うようになってきました。



「あの震災がガーナで起きたら、きっと国はぶっつぶれている」

と隊員同士で当時はよく言っていたけど、

それは単に国力が日本に比べてないからとか
そういうことだけじゃないということが実感としてわかり始めてきた。


きっと日本の地震がガーナで起きたら
ガーナは内戦になると思う。

人は自分が生きるために殺し合うと思う。

そしてお金がある人だけが、助かると思う。

カオスになると思う。

日本が復興に向かうことができるのは、
単に国力があるだけじゃない。
お金があるだけじゃない。
技術があるからだけじゃない。

当たり前すぎて目に見えない、けど重要なものを、
国民が、しかも高いレベルで身に着けているからだと思う。

それが大切で認識しているというレベルを通り越して
もうコモンセンス的なものになっているからだと思う。

それが何であるかは、言わずもがなでしょう。


そこがガーナと日本の最大の違いだと思う。


だからきっと、ガーナはこのまま発展していったとしても
その発展はきっと違和感を感じる「ちぐはぐ」なんだと思う。

だから教育って受けなければいけないんだと思う。


だからって私たちがガーナで一役買うとか

そんな大それたことは何も考えちゃいないしそもそも無理な話だけど、


でも私はガーナを見たことで、
日本の一つの部分に気づくことができて、

ここに来てよかったんだなと思うし、
人生のどこかの地点で、
どんな形であれだれかに還元したいと最近思っています。


少なくとも、これから私が出会える子どもたちには

伝えていけるのかしら。


伝えていけたらいいなぁと思いますが。


改めて、日本の教育すごいんだな・・・。

本当にすごいよ。

そして先生って本当にすごいよ。

がんばれ、日本の先生。