こんばんは。

大好きな安城市の在宅医療に貢献したい!

日だまり訪問看護ステーション

看護師 山田万理です。

 

 

 
 

 

 

息子さんから

父の呼吸が止まっているようだと

連絡があって駆けつけた。

 

「どうしよう

看護師さんの言った通りになった。

お父さんが追いかけても

追いつけんところに逝ってしまった。

おとうさんの左手を両手で握ってて

うとうとしちゃって

急に手がだらんとしたから目が覚めて

そしたらおとうさんの息が

止まってしまった」

 

今しがた夫を看取った認知症の妻が

私に抱きついて泣く。

背中をさすりながら聴く。

 

最後に見る顔は妻がいい

どちらか片割れになるまで

夫婦仲良くこの家で暮らしたい

 

夫の最後の願いを叶えた妻。

 

短気でケンカ早くて

息子さんとは警察が仲裁に入る

ケンカを繰り返し

トラブルメーカーで

医師看護師、医療機関を困らせた夫。

妻しか愛せなかった不器用な人。

 

高カリウム血症で意識消失、心停止して

体外式ペースメーカーと透析で

蘇生された彼は

認知症の妻が気がかりで仕方なかった。

 

早く退院したいがために

若い医師と言い合いをして

透析はしないと

感情的に決めてしまった。

腎不全末期で透析をしないのなら

残された命の時間は

早くて数週間、長くて3ヵ月。

 

 

 
 

 

 

退院してから

妻と幸せな日々を過ごすうちに

もっと一緒にいたいと欲が出た。

「透析をしたいと思いますが

看護師さんはどう思いますか?」

感情的に透析しないと決めたことを

後悔しているようだった。

 

透析をすることの

メリットとデメリットを説明して

透析をした場合と

透析非導入で生活する場合の

未来予測をもとに

これからどのように生きていくかを

努めて冷静に話し合った。

 

彼は『透析はしない』ことを決めた。

 

旅立つ5日前、緊急コールがあった。

「どうしよう、薬を

2回飲んでしまったかもしれない。

いや、飲み忘れているのかも。

とにかく来て欲しい」

慌てていて切羽詰まった声色だった。

 

本人の薬を看護師がセットして

自分が薬を飲むときに

妻に薬を飲ませていたから

自分が間違えたら

妻に2回飲んではいけない薬を

飲ませてしまったのではないかと

気がかりだったのだ。

いつだって自分よりも妻が最優先。

 

結局、ダブル内服ではなくて

内服忘れが判明。

健康被害が少ない方で

ほっとした様だった。

 

翌日の定期訪問の日に彼は

「終わりが始まった」と呟いた。

 

だるくて座っていても体が

前後左右に傾くほど眠気が強く

窓から見える景色の明るさが

明け方なのか夕方なのか分からない。

食欲がなくて

食べたいものが思いつかない。

妻の手料理さえ食べたくない。

 

「おとうさん、どうしたの?

しっかりして、大丈夫?

私が作ったものがいけなかった?

どうすればいい?」

妻がオロオロしていた。

彼は強い眠気のなかで

妻を安心させるように

何度か大丈夫だと言った。

 

私には

「観念して息子に頭を下げて

世話になること、これから妻を頼むと

お願いするしかないですね」

と言いました。

 

妻が自責の念にかられていたので

今起きていることや夫の体の変化は

決して妻のせいではないことを

繰り返し伝えました。

怖がらせたくはないけど

心積もりをしてもらうために

残された命の時間が

少ないことを伝えました。

 

訪問看護師になって

100人以上の看取り支援をすると

起きている症状から

数週間、数日、数時間といった

予後予測ができるようになる。

正確には神のみぞしか知らないが。

 

その日の夜、息子さんに

病状の進行具合から

看取り期に入っていると伝えました。

本日診察した医師も同じ見解で

特別訪問看護指示書が交付されたので

毎日でも1日複数回でも

訪問できると伝えました。

土日は家族で乗り切れそうと言うので

月曜日に訪問する約束をしました。

 

妻が自分を責めているので

母親をひとりにさせず

できることなら

泊まり介護をして欲しいと

お願いしました。

 

私は遺される家族に

傷跡を残さないことを

信条にしています。

 

父親の介護には強い抵抗があっても

母親を支えるためなら

息子さん夫婦は協力的でした。

 

 

 
 

 

 

日曜日の22時頃

「父親がとうとう動けなくなって

抱えてトイレに行ったものの

間に合わずに便尿まみれになって

妻とどうにかして着替えさせました。

言ってることもおかしいし

視点が合わないです」

息子さんから電話がありました。

 

翌日の月曜日8:30に訪問すると

前後逆にテープ式オムツを着けて

その上にリハビリパンツを履き

床を転がり

タンスに体当たりして頭をぶつけ

「痛い、痛い、助けてくれ~」と

叫ぶ夫のそばで

カーペットについた便の汚れを

掃除する妻がいました。

 

「おとうさんのベッドの下で寝てたら

おとうさんが降って来て

トイレ行きたいって言うけど

ウンチもしっこも出ちゃってて

オムツが上手く着けれないし

ベッドに戻せないし

息子と二人で戻したのに

また落ちちゃって

大きな声で叫ぶけど

私なんにもできなくて困っちゃって」

妻が目に涙を浮かべています。

 

息子さんは疲労困憊していたものの

会社に親父が死にそうなんで

休みますと言ったら

しばらく休みが取れたと言います。

日頃勤勉だからこその

特別措置だったと思います。

会社の理解があってよかった。

こんな体調で仕事をしたら

重大なミスをしかねない。

 

急いでかかりつけ医に報告して

疼痛時と不穏時に使用する

処方依頼をしました。

まだ薬局が開いていないので

その間に陰部洗浄とオムツ交換をして

キレイな服に着替えました。

 

「ありがとうね。

看護師さんがやるとあっという間だね。

おとうさん、さっぱりしたでしょ」

妻の涙が引っ込みました。

 

薬を受け取って

3時間後に訪問することを

妻と息子さんに伝えて

12時にスタッフと2人で訪問。

 

全身の体拭きと手足浴をして

こびりついた便汚染を取り除いて

髭剃りをして身だしなみを整えました。

大声で叫ぶことはないけど

痛い痛いと繰り返すので

痛み止めの座薬を入れました。

 

穏やかになった頃

弟夫婦がお見舞いに訪れました。

 

夕方訪問することを伝え

妻にはオムツ交換はしなくていいし

困ったら看護師を呼び出せばいいから

夫のそばにいて欲しいと伝えました。

 

16時30分に訪問したとき

弟さんと会話ができたと

妻から聞きました。

 

私は

「ありがとう」と感謝を伝えたり

「ごめんなさい」を伝えて

和解することが

わだかまりを解消して

悔いなく穏やかに最期を迎えることに

繋がると思っています。

 

妻を好きすぎるあまり

妻の在所近所に突然引っ越して

親の介護を中心とした

長男の役割を弟に押し付けた彼は

「ごめんね」「ありがとう」を

伝えることができただろうか。

 

 

 

 

オムツ交換をしたら

茶色がかった濃い尿が少しと

肛門が緩んでいて便が出ていました。

キレイに整えてから妻に

多量に吸水するパットを当てたから

明日の8時30分に看護師が来るまで

オムツに触らなくて大丈夫と伝えました」

 

「ありがとうね。

オムツ変えてくれるのが

1番助かる。私じゃできないから」

その横で息子さんが頷いている。

自分もできればしたくない

その心情が理解できる。

 

旅立つ前日の8時30分

「おとうさんがしゃべりだしたの。

元気になった。看護師さんのおかげ。

ありがとう!

昨日はすやすや寝てくれて

私もぐっすり寝れました」

妻が明るい表情で言う。

 

その横で息子さんが

「ここから復活することってあります?」

不安げな表情で尋ねます。

息子さんは、顔も見たくないと

思っていた父を介護しています。

長いトンネルの出口は

いつだって気がかりなはずです。

 

「会話ができるのが奇跡的な状況です。

この状態から食事や散歩とか

本人が思うような暮らしが

できるようにはならないです。

今の状態で長くて2~3日

早いと明日ということも考えられます。

会いたい人に会わせてあげて

葬儀なども考えておいた方がよさそうです」

長男の努めを果たす心積もりと

段取りするタイミングだと伝えました。

 

11時30分訪問すると庭先にまで

「おかあさーん、助けてくれ~!!」

絶叫が聞こえてきました。

家に入ると妻が

「おとうさん、近所中のおかあさんが

集まって来ちゃうからお願い

静かにして」と言って

カーテンがちぎれるほどの力で

引っ張って起き上がろうともがく夫を

小さな体で必死に抑えて

なだめていました。

 

息子さんが

葬儀場を見学して帰ってきたら

こうなっていたと言います。

 

私には彼が、迫り来る死に

必死に抗っているように見えた。

 

昨日処方されたせん妄時の薬を

使うことにした。

 

せん妄というのは

急に頭が混乱して、夢と現実、過去と今が

ごっちゃになって、幻覚が見えたり、

どこにいるのか分からなくなって

ソワソワしたりぼーっとする症状です。

認知症とは異なり

亡くなる前によく起こる症状です。

 

唾液で溶けるOD錠が処方されたので

まずスポンジブラシで口腔ケアをして

少量の水分で薬を溶かし

スポンジブラシに浸して口に入れたら

喉が渇いているのか

吸い付きが強くて20分もしたら

効果が出てきて(騒いだ疲れのせいか)

うとうとし始めた。

 

「看護師さんって魔法使いみたいだね」

妻が夫の顔を撫でながら言う。

 

適切なタイミングで適切な薬を使って

症状コントロールをすると

看護師は魔法使いになれるらしい。

 

妻に、夕方訪問することと

もし水分を欲しがったら

今みたいに適量をスポンジに湿らせて

口に含ませるようにと実技指導した。

誤嚥や窒息が死の原因になろうものなら

妻の心に『自分のせいで』という

深い傷跡を残してしまうだろう。

 

16時30分に訪問したら

声かけにうなづきで

わずかに反応しても

目が開かず、尿も便も出てなかったので

息子さんに

「このまま無尿の状態が続くと

尿毒症の症状が出て

痛みを感じにくくなって

昏睡状態になるのでさらに

意思疎通が難しくなる」と伝えました。

 

妻には

「伝えるのが心苦しいですが

恐らく今日がご主人と過ごせる

最後の夜になると思います。

最後に見る顔は妻がいいと言ってたので

そばを離れずご夫婦の時間を

過ごして欲しいです」

と伝えました。

 

 
 

 

旅立ちの日 8時30分

「昨日は狭いベッドでおとうさんと

向き合って手を繋いで寝ました。

おとうさんがすやすや寝てくれました」

妻の表情が晴れやかでした。

 

認知症の妻には

分からなかっただろうけど

息子さんは言いました。

「今朝から呼吸が

変わってきたと思います。

荒くなったり

止まっているように見えたり

これからどうなっていきますか?」

 

血圧とSpo2(酸素飽和度)が80台で

昨日の16時30分から1滴も尿が出ていません。

 

「16時間尿が出てないので

腎臓の機能はほぼ停止しています。

呼吸がさらに変化して

下顎呼吸といって息をするたびに

口をパクパクさせたり

あごが大きく動くような呼吸になると

数時間単位の予後と思われます。

手足の先が氷のように冷たくなって

青紫色になることを

チアノーゼと言いますが

血液が循環していないサインなので

その時も数時間と思われます」

と伝えました。

 

口腔ケアと髭剃り

陰部洗浄オムツ交換を

妻と一緒にして

「寝ているところに着替えは

しんどいだろうから

昼に体を拭いてからにしましょうか」と

安静を促して退室。

 

11時30分に訪問したとき

血圧もSpo2も測れず

呼吸は不規則で手足が冷たくて

チアノーゼが出ていました。

もう間もなくその時が訪れる。

 

息子さんに長女に連絡しているか聞くと

連絡したが会いたくないみたいで

折り返しの連絡がないと言う。

お孫さんも母親をいじめた

じいちゃんに会いたくないと。

 

娘さんもお孫さんも自分の意思で

会いにこないのなら

そういう状況を招いたのは

本人の自業自得で

妻しか大切にできなかった代償です。

 

「おとうさん、そろそろ起きて~」

眠り続ける夫に

声をかけ続ける妻に伝える。

 

「大好きな奥さんの声を聞いて

今は夢心地で過ごしているはずです。

でも、とてもつらく悲しくさせることを

伝えないといけません。

今の状況から残された時間は

数時間と思われます。

ご夫婦の時間を

どうか大切にお過ごしください。

楽しかった思い出や

ありがとうの言葉を

たくさんかけてください」

 

妻と息子と一緒に

最後に着せてあげたい服を選びました。

収集癖なのか

もったいなくて着れなかったのか

お店ができるほど新品の服がありました。

 

「布団なんて旅館ができるほど

山積みになってます」

息子さんがあきれ顔で言います。

 

不器用でケンカばかりして

折り合いがつかない親子関係だけど

いつ誰が泊まってもいいように

準備をしていたのだろうかと思うと

心をぎゅっと掴まれるように痛んだ。

 

 

 
 

 

数時間後、息子さんから

呼吸停止の連絡が入った。

 

駆けつけたら娘さんも

お嫁さんも来ていて

ほっとしました。

 

かかりつけ医に

旅立ちの時刻を告げられ合掌。

 

お見送りの支度のために

マウスケア、髭剃り

洗髪、体拭き、着替えをして

義歯をはめて化粧をしたら整う段階で

「お母さん、

お父さんの入れ歯どこにやった?」

昨日まであったのに

ケースから忽然と消えた義歯。

 

介護保険証や大事な物を

認知症の妻が

想像の斜め上をいくところに

しまい込み忘れるので

息子さんは、毎日が宝探し状態だと言い

何かしらを探していました。

 

「おとうさん、最後の最後で私

大失敗しちゃった。

歯がないって。

私がゴミで捨てちゃったかしら。

向こうに行ってから

ごちそうが食べれんね。

ごめんなさい。

探して持って行くから

お願い待っててね

それよりお墓に置いた方がいいかな」

 

お供え物と入れ歯が

並んでいる様子を思い浮かべて

何ともシュールだなと

心のなかで独り言ちながら

何と声をかけたらいいのやらと

考えあぐねていたら

娘さんが

「あったー!でかした私」と

見つけた義歯を手渡してくれました。

やっぱり歯があると

表情が引き締まる。

良かった、ほんとに。

 

 

 

 

 

本人の最後の願いが叶ったのは

息子さんの存在ありきでした。

 

認知症の妻は

夫婦であちこち旅行したことや

車を手放してからは

自転車で夫の後を追いかけて

どこまでも出かけたことを

嬉々とした表情で

何度も繰り返し語りました。

でもついさっきのことを

忘れてしまいます。

 

妻に、次に看護師が訪問するまでに

起こり得る体の変化や

その時々で妻にできることを

怖がらないように

言葉を選んで慎重に伝えました。

息子さんにも同席してもらいました。

 

息子さんは翌朝看護師が訪問するまで

長くて孤独で不安な夜を

過ごしたはずです。

息子さんの存在に

妻だけでなく

看護師の私たちも救われました。

 

透析非導入で急変リスクが高く

認知症の妻と二人暮らしで

親子関係がよろしくなくて

トラブルメーカーの腎不全末期状態。

 

それでも自宅看取りができたのは

息子さんとお嫁さんが

寄り添ってくれたからです。

心より敬意を払い

感謝申し上げます。

 

 

それでは今日はこの辺で。

最後までお読み頂き

ありがとうございました。