こんばんは。
大好きな安城市の在宅医療に貢献したい!
日だまり訪問看護ステーション
看護師 山田万理です。


昨日、人に伝えることが
好きと書きました。
勉強会の資料作りが久しぶりで
楽しかったし
懐かしい感覚を思い出しました。


その時にNさんから
「山田さんは、表現する仕事が
合っていると思いますよ。」と
言葉を頂いたことを思い出しました。




Nさんとの出会いは3年半前。
お別れは昨年9月。


Nさんはエリート銀行マンでした。
管理職で優秀な部下を持ち
バリバリ仕事をしていました。


それなのに突然、特殊な肺癌になりました。
リハビリを重ねても徐々に歩けなくなり
遂には下半身不随に。


3年半前、退院前カンファレンスで
お会いした時、直前に
余命と積極的治療中止を宣告され
Nさんは怒りに震えていました。
見放され、諦めされたと感じたからです。


繊細で、強がりで、あまのじゃくで
気難しい性格です。
(自身でこのように表現されていました)
バッドニュースから全力で逃げる
要素をお持ちでした。


忘れもしません。
初回の訪問看護で
左手にタイマー、右手にボールペンを持ち
「山田さんの動きが
支払いに値するものかを
査定させて頂きますのでよろしく。」
背筋が凍るとはこのことかとアセアセ


でも、長年連れ添っている年下の奥様が
「Nくん、そんなんじゃ山田さんが
仕事出来ないよ。業務妨害じゃん。」
と優しく仰いました。

訪問看護の目的は
✓バイタルチェック
✓疼痛アセスメント(医療用麻薬を内服中)
✓服薬指導
✓褥瘡処置(感覚がないために重症化しました
✓排便管理(摘便)
✓尿バルンカテーテル管理
✓介護医療連携
✓緊急時対応

これらのケアをするためには
左手にタイマー、右手にボールペンを
持った状況では仕事になりませんもやもや


私は、この時まだ雇われ管理者で
経営のことは考えもしなかったのですが
経営者になって思うのは
Nさんに出会えて良かったということ。


顧客のニーズを把握して
満足度の高いケアを提供することで
報酬を戴く。
当たり前のことですがNさんから
ビジネスの基本を教わりました。


Nさんがある日仰いました。
「自分は見ての通り人の手を借りないと
ここから動けません。

山田さんが定期的に来て下さって
話をすることが気分転換になってます。

山田さんはいつも前を向いていて
元気で、山田さんと話をしてると
楽しいですよ。

山田さんは
生き方というか山田イズムを
本を出版したり
人に話すのが向いてると思います。

でも
山田さんが本業以外で
忙しくなるのは寂しいというか
あまのじゃくなんでね
現場に片足だけでも
突っ込んでいて欲しいですね。

山田さんに会いに行けないから
会いに来て欲しいと思ってるのは
自分だけじゃないはずですよ。」


訪問看護をしていると
自分では気づいていない潜在意識を
利用者さんから投げかけられる言葉で
発見することがあります。

気難しいNさんから頂いた
私を肯定する言葉の数々は
私の財産です。

余命3カ月、長くて半年と
告知されたNさんが
介護タクシーで車酔いしながら
1時間かけて通院して
積極的治療を諦めず3年半生きました。


「あと3年命の時間が欲しい」
とNさんが仰るので

なぜあと3年なのかを尋ねた私に

「末っ子が社会人になって
自分の足で生きていくのを見届けたいんです。それが親の義務でしょう?」
と仰いました。

ウイルス性髄膜炎、肝転移など
何度となくハプニングとアクシデントが
Nさんを襲いましたが乗り越えてきました。


私はこの先もずっと人に伝えることだけを
お仕事にするつもりはありません。
そもそも
経験をブラッシュアップしないと
伝える情報の鮮度が落ちます。


私はこれからも、プレイングマネージャーであり続けることをNさんにお約束します。


Nさんから声が聞こえた気がして
久しぶりに奥様にメールをしました。


奥様と娘様のことを
ずっと見守り支えていくことも
お約束します。


Nさん、どうか空からお守り下さいね。