失敗

テーマ:
今日失敗をして、それを人に指摘された。(厳密に失敗かどうかわからない。未使用・未開封品の回収に、未使用だが開封済みを提出したらものすごく丁寧に返ってきた!ひえ…!)


そして、恥ずかしくて、穴があったら埋まりたい気持ちになった。

なんなら泣きそうになった。


いや、こんなそとでそこまでへこむのはおかしい。


ホルモンバランスか?


秋だからか?

なんにせよメンタルが弱ってるのか?


こんなときは、心の野武士に聞く。


「変な失敗して、変なやつと思われたかもしれなません。もうやってけません。どうしたらよいですか?」


すると野武士は答える。


「己の失敗は己が取り返すまで。
機会があれば、別の働きをすべし。
また、そのことにこだわりすぎず、
心穏やかに過ごすべし。」


野武士…ありがとう。



この謎の自己完結の繰り返しで、私は生きてる。

なんだか、やっぱり輪からはみ出してる。

かといって、人の輪の中にいたいかと言えば、全然いたくない。


久々のぐるぐる。

産後二ヶ月目。


ぐるぐる。

よくやったよ

テーマ:
今日、とても嬉しいことがあった。

友人が快挙を成し遂げたのよ。

詳細は書けないし、私は関係ないし、

だからなんだということもない。

でも、努力した人が報われて、

いい気分になって

美味しいビールが飲めるって

いいね。


私、酒も飲まないけど、その味きっとわかるよ。


どんな人の頑張りや努力も

報われればいいのに。


でも、雨の日があるから、晴れる日があるわけで、

雨にも雨で役割があるんやな。


いいことと悪いことがきっと、
絶対に起こるのや。


でも、ほんと、いい日はいいね。

私自身は今日は失敗しかしてないけど

なんか、いい日だったよ。


明日も生き延びよう(死のうとしてるわけじゃなくて、日常を大袈裟に書いただけね)。悪い日があっても、いい日が来るよ。
クリスピー・クリーム・ドーナツが、好きだ。


テイクアウトしてオリジナルグレーズドを電子レンジで8秒、溶けてるのか、半生なのかよくわからないが、

そういうのをホクホク食べてやるのが好きだ。


砂糖が溶けて温かいやつ、好き。

カロリーや脂肪、体型についての論議はここでは退場してもらう。いいじゃない、たまには。

ドーナツは人間の欲望の極致だ。エネルギー以外の栄養学的アドバンテージは皆無。あるのは、精神の高揚と、喜びのみである。
人類の歴史のなかでご先祖様が満足に食べられなかったお砂糖たっぷりの至福である。

でも、まあやっぱり少し背徳感はある。

しかし、それもいい。


お伴はコーヒーもいいし、紅茶でも、麦茶でも…。



昨今は糖質オフブームの世の中である。
糖と油が結び付けば悪、糖質は悪、
ジムに行ってトレーナーにお茶碗につぐご飯の量を正直に言えば鼻で笑われる時代だ。(それは私だけか)


そうした時代の流れにドーナツは翻弄されている。
スマホ画面を通したとき、カラフルで美しい見た目でないものは、淘汰されていく。インスタグラムに載せる写真の顎肉の材料にしかなりえないシンプルな茶色のドーナツは、もはや化石になりつつあるのかもしれない。


我が故郷九州の話で恐縮だが、かつて博多阪急ができた当時、鳴り物入りでオープンしたクリスピー・クリーム・ドーナツは大変な賑わいだった。人々は列を成し、オリジナルグレーズドの箱を嬉しそうに持ち帰っていた。


しかし、2018年現在、博多阪急の、かつてクリスピー・クリーム・ドーナツがあった場所にはなんと、ニューヨーク発?の食のセレクトショップ、ディーンアンドデルーカ(あえてカタカナで)が鎮座している。

ヘルシー、オーガニック、スペシャルな食材やキッチングッズに、ジャンクなドーナツは取って代わられたのである。時代の写し鏡のようであった。
(ちなみに隣にあったクラブハリエのバウムクーヘンももうない…なぜ…(ToT))

これが、東京のてきごとなら素直に納得し、理解できる。しかし、博多にもおしゃれオーガニックヘルシーの波は押し寄せた。

私は、おいおい、こってり豚骨ラーメンの街がどうしてしまったのだ!と博多に突っ込みを入れつつ、クリスピー・クリーム・ドーナツの閉店を嘆いた。(しかし中々どうして博多はおしゃれな町になろうとしている。自然も近くてコンパクトシティだとかで…都会の人にもてはやされているようだ。バカにされ…?いやいや、中洲の夜の汚いところも駆逐されようとしているよう)

しかしながら、私には一縷の希望がある。

博多にはないクリスピー・クリーム・ドーナツは、博多閉店の頃、ひっそりと鹿児島中央駅に新店をオープンしていたのだ!


歓喜!鹿児島市にもそう頻繁に行くわけではないが、うちからならその気になればいつでも行けるのが嬉しいのだ。

しかも、店の場所は細身のジーンズで有名なおしゃれショップ、マウジーの跡地なのだ!


おい、鹿児島!マウジーを潰し、細いジーンズを捨て、ドーナツを受け入れていいのか。
(ちなみにマウジーは移転しただけ)

いいんですか?と言いたくなる。


そして、いいんです、と川平慈英の物真似をする友人Gさんを頭に思い浮かべつつ(ややこしい)、
今日も買って帰るのであった。


娘が喜ぶといいな。

(そして受け継がれる…肥満遺伝子…!独り占めして…肥満は私の代で…嘘です。1つくらい大丈夫。)


間違いた

テーマ:
ひとつ前の記事で、

魚の振り塩について、
身の1.5%だから、300gで3gだと堂々と書いているのを読みなおして、


悶えた。


数字を精査しない、むしろないがしろに生きている自覚はある。

体重も目を細めてあまり見ないようにしているが、
これは…ひどい。

魚のことしか考えないで書いたのもあるけど…
そして私は、

たしかめ算や、繰り返し確認や、精査や、検査が嫌い…、

つまり、失敗の許されない現代社会のシステムに適応してないのだ。原始時代に生まれるべきでしたよ。(原始時代にも、きっと一握りの天才が数字を操って天文学や数学をやっていたのかもしれないが…)


いや、誤字脱字も相当ひどいけど、


なんだかあまりに堂々と言い切っているので笑った。


バカ野郎でごめんなさい😭
でも生きてるよ!
へらへら生きてるよ!


料理は下手でも焼魚

テーマ:
料理は下手でも、焼き魚があるさ。


港が近いので、足の早い青魚が今朝とれたのが1尾100円で売られている。

ものすごく雑にぜいごと鱗を取り、はらわたを引きずり出して洗って拭く。

今日はアジ。


血圧のため減塩しろと言われても、

焼魚は振り塩したい。
存分にしたい。

しかし、塩辛くてもいけないので、

教科書通りに身の1.5%の塩を振る。

難しくない、300gなら3gだ。

焼く30分前に割りと高いところから振る。

そして、コンロの魚焼きグリルをまず強火で空焼期して、庫内を温める。

5分するといいらしい。
でも、3分くらいで、もう我慢できない。

鯵を投入。1度に焼くのはうちのコンロでは2尾まで。

中火で、

片側4分ずつ焼く。




その間に大根をすりおろす。

皿に盛り…


いっ、いただきます…!

エッセイ読む

テーマ:
図書館で、村上春樹と穂村弘のエッセイを借りてきた。お二方の本が好きで、長らく愛好していたが、
今日は気張らしにもならなかった。


お二人とも、自由な成人男性の日常や思考のあれこれを面白く書いていらっしゃる。

その感じが、とても好きだった。


でも、今日はダメだった。

飯炊きやこどものパンツの洗濯に終われる私には、自由気ままな男のよもやま話が、なんかダメだった。

八つ当たりである。

なんか疲れていると、そこで知った。


一緒に借りてきた西原理恵子の毎日かあさんを読んだら、こっちは笑えた。深刻さとユーモアのバランスがしっくりときた。楽しませようという西原理恵子の気概がすごい。ありがとう、西原先生。元気が出ました。

狭い世界で、主婦ばかりしていると、頭が縮むんだろうか。いつか、気ままにおっさんのエッセイを笑って読めるだろうか。


とりあえず明日好きなものでも食べて寝る。

疲れたんかな。夏風邪かな。
社交的で、遊び好きの娘が幼稚園のプレ園児になって約1ヶ月。

最初ははりきっていた娘も、最近では行きたくないと言うようになった。2歳11ヵ月でも、さすがおしゃべり婆さんのひ孫、口も達者になってきた。

お母さんと遊びたいもん、お買い物に行きたいよー、公園に行きたいよー、と言う。一応バリエーションがあるところが面白い。

しかし彼女のダントツの登園拒否の理由は、

給食嫌だから行きたくない、だ!

娘の幼稚園は給食制である。幼稚園はお弁当のところが多い。

私はズボラの不器用なので、もちろん給食は嬉しい。それに、小学校入学前に給食への苦手意識をクリアーしておくのも、いいかとも思う。

しかし、今の彼女は緑の野菜が苦手で、嫌なんだそうだ。それでも園に行き初めてから、食べれるものも少しずつ増えてきて、母は効果を実感しているのである。



えーん、行きたくないよー。おうちでプリキュア見たいよー。プリキュアの本買ってよー。


と泣きながら要求もエスカレートする娘。    



そんな時私は、
幼稚園に行けてどんなに羨ましいかを、語るようにしている。


いいなー、お友だちと遊べるんでしょー?お母さんあんまり、お友達いないし、この年になるとブランコも滑り台も中々遊べないし、いいなー。

今日はもしかしたらお砂場も行けるかもね、いいなー!お砂場でプリン作りたいなー!


給食も食べられるんでしょ?
他人様が作ってくれた栄養満点のご飯お母さんも食べたいわー!いいなー!


娘は乗り気になるときもあれば、そうでないときもある。しかし、これは全部私の本音なので、伝わっている気がする。

たまにこういうときもある。


大きくなったら、もう幼稚園入れないんだよー!
はーお母さんも行きたいわー!親にぬくぬく養われて、遊びに興じたいわー!


というと、お母さんも来てもいいよと言ってもらえる。

そこで、大人は行けない、あそこは幼児だけが許された楽園である、と説いて、

しぶといときはまだ泣いてるけど、連れていくことにしてる。

その時は話題を変える。

プリキュアで誰が好きー?お母さん?キュアホイップかなー、等と…。


うまくいくときも、いかないときもある。

まあ、本当に具合の悪いときは見極めてやるとしても、彼女を信じて送り出すしかない。

もしいつか、学校行きたくないと言ったら、

その時はうちの妹の話をしてやろうと思う。

(妹は発作の持病を持ち、中学は不登校だったが、なんとか勉強し昼間制定時制の高校へ行き、推薦で大学へ行き、新卒就職もした逆転野郎である!勇気が出る話なので今度書こう。)


みんなつまづいたり、嫌になったりする。

つまづいても、辞めても、逃げてもいいから、
また立ち上がるボクサーでいて欲しいと思います。

死ぬまでわからない。明日宝くじに当たるかもよって気分で…。こつこつ生きたいもんです。


頑張れ娘、頑張れ無職の私(すみません、専業主婦は立派な仕事と思いますが、私は家事育児に向いてないので、いつかくじけず奮闘できるようにあえて自信を無職女と書いて、自分を卑下、鼓舞しています…てへ( ´-`))

ネタがないから昔の旅の話

テーマ:
なんか何でもいいから書きたいときにここに来るけど、そして乱暴に書き立てて満足したら逃げるんだけど、

もう、この片田舎でのんびりと過ごしていると、

まるでネタがない。

まず、子育て中、妊娠中で無職。
上の子はプレ園児となり、幼稚園生活が始まり、彼女は社会生活の第一歩を踏みしめ、とても楽しそうだ。

かたや、私は社会から断絶とまでは言わないまでも、心の無人島で瞑想する日々なのだ。要は人と話したり、なにか新しいことをするでもなく、飯炊きや洗濯や、子どものことばかり考えているのだ。

パーティーに誘われても、パーティーなんですか?美味しいですか?と言いかねない。(そもそもパーティーに誘われることはないが…)


旅行に行きたいな。

恥ずかしながら私は、
旅行とは日常の喧騒を離れのんびりするものだとの概念を、去年ようやく獲得した。

それ以前の私は、RPG好き、マップ好きのオタクらしく、旅行とは、旅先のシンボル、行きたいところを歩き倒して行くものだと思っていた。

別に間違いではない。そういう旅もいい。

1人なら…。

まず普段は夜更かしなのに旅行のときは早起きし、7時には出発する。レンタサイクルか、地下鉄か、徒歩かバスかで、美術館、名所、面白い場所、行きたいカフェ、お店を行く。

夜も22時くらいまで回遊魚の如く歩き回って、
しかし酒は飲まないので夜遊びはしません。すぐ寝る。

アメリカを3週間旅したとき、ワシントンD.Cのスミソニアン博物館群で、数個の巨大美術館を6時間弱かけて歩き回ったあと、レンタサイクルで道を誤ってトレイルサイクリングコースを2時間走ってしまい、泣いたこともある。


バカであった。

東京では上野で、似たような旅をし、
北海道でも行きたいところが絞りきれず、
付き合わされた旦那はんは夜、疲れ果てて嘔吐していた。


私にはたぶん、日常がなかったのである。
キリギリスであった。やりたいことばかりやっていた。若者にはありそうだ。曲なりにも収入を得ていたし、誰に恥じることもないけど、責任のない暮らしを享受していた。


今は日常しかない。浸りきっている。
だから、海辺でゆっくりしたいなと思う。

なんか、全うな人になれた気もするが、
気ままな頃も懐かしくて、寂しい。


贅沢か。まあ、私にはこれから無業の女の報いとしての人生が待っているので、またいずれ、やいの言われながら就職活動をしなければいけません。

あの頃が懐かしいなんて暇なこと言ってられるの、今だけかも。


まあ、なんとかなる。なんとかする。


次に旅に出るのは、台湾か香港がいいな。
いつかはヨーロッパ鉄道旅したいな。

インドも見てみたいな。
トルコも中東も。ペトラ遺跡も。

(結局夢見てる)


iPhone前提社会

テーマ:
スマートフォン全盛期、みんなが画面をいじっている。

格安SIMも大乱立し、第4のケータイ会社として楽天が立ち上がるなど、移動通信端末界隈は大にぎわいである。
とはいえ、多数派はDOCOMO、au、SoftBankの三大巨頭のユーザーである。三大巨頭が販売するハイスペックで手厚いサポート付で、Apple iPhoneや、SONY Xperia等が利用されている。

ハイスペックかつ有名な端末は、二年契約の分割払いとしても、上記メーカー品なら5~10万円程度するであろう。
各種割引、特典付の毎月の利用額含めて、月々6000円~1万円程度になったとして、二年総額の14万4000円~24万円である。毎月の無利子分割払いなんて、ジャパネットたかたみたいにして、三大巨頭勢力は成長してきた。かつてこれだけの人数にローンを組ませる商売方法があっただろうか。
大人から子どもまでみんなが使うもので、高価で壊れやすい繊細な端末…立派なご商売である。総務省も口を出したくなるだろう。

三大巨頭ケータイ会社のメリットは3つだ。




1 わかりやすい。
ここでこの携帯買えるよ!料金はいくらだよ!と対面で教えてくれる。


2 手厚い。
壊れたときもショップに持ち込めば修理手続きできる。


3 面倒くさくない。

契約は十分面倒だが、基本は話を聞きながらハイハイ言って、サインすれば全自動携帯契約できる。)




iPhoneはそして不動のナンバーワン人気機種である。ジョブズが死んでも、スペック不正があったとしても、人気は衰えない。


さて、ここまで偉そうな知ったかぶり口調で色々と御託を並べたが、私が言いたいのは表題の通りである。
社会全体がハイスペックなiPhone前提になっておられませんかね、ということです。

美容院に行けば、ショップカードがわりにアプリをダウンロードさせられ、電気屋も、スーパーも、電子マネーも、電子書籍も…。

スマホを使わない世代もまだまだ多い世の中なので、それらは断ればアプリ以外の選択肢も残されている場合があるが、
一つ考えてみてほしい。

スマホアプリは確かに生活を変えたであろう。

iPhoneやXperiaは搭載CPUもすでにオクタコア(もしかしてもっとあるのか?)、メモリも私の買った10年前のMacBook並みのものが搭載されている(スマホとPCではエンジンとかメモリも違うはずだけども、でも)。


しかし、私の端末の非力ぷりったらない。
まず16GBしかない端末容量は7GB程度がファームウェアである。microSDカード対応しているが、アプリはこの中に入れられないので必然的に残り容量は9GBである。快適に利用するためにはこれをきちきちにせず、ゆとりを作ってやるべきだが、
LINE等必要なもの(ここが多いのも問題なんだけど…)入れるともうお腹一杯になり、不具合が生じる。

現在の利用端末は、
Appleになりたい中華スマホ
HUAWEI nova lite である。
22800円で購入し、月々1600円運用だから、仕方ない。
仕方ないが、今後公共機関の手続きや、あらゆるものがアプリ依存する社会になってくると、低スペックをかわいがって使うスタイルはもう通用しないのかもしれない。

昔はMNPキャンペーンに乗って2年毎に携帯会社を変え、型落ちのiPhoneなどを一括払いの破格で購入し、月々3000円円程度で運用していた。でも2年毎の乗り換えは入院、海外渡航する場合など、解約変更のタイミングが合わなければ3年目から割を食うことになる。そうして、格安SIMが産まれた頃、キャンペーン乞食をやめて、格安SIM利用者になった。

アプリダウンロードしてくださーいと言われて、困るのは、お前がコストをケチり、低スペック端末を購入するからだろう、というだけの話だけど、この必要最低限、自分の許しうる下限のコストパフォーマンスを発揮する機械、というところが私のポリシーであり、探求したいところなのだ。(ゲームPCでない、最低限のグラボで遊ぶモンハンフロンティアとか、初期のトイデジとか…)



要は、あんまり行かないお店にアプリダウンロードしろって言われたくねーという話でした。


あと、たまに母のiPhone触るけど、やっぱ高いものはいいよね。写真も綺麗。


おしまい!(なんだったの)

節穴

テーマ:
Twitterで女の価値は持ってるバッグのブランドと相関していることが多い、アラサー以上はセリーヌ希望、25歳以上でミュウミュウは痛いとのたもうた方がおられるそうな。
そうなのかもしれない。
選ぶものには、人柄と、暮らしぶりが出る。
漁師には漁師の、農家には農家の物選びがありますよね、ええ。

そもそも、身の回りの女の鞄のブランドなど、些末なことを、いちいちチェックして、わざわざネットを通じて社会に文句を垂らすようなちまちました人は、男だろうと女だろうと関係なく、品性を疑います。


でも、気づかなすぎるのも、どうか。


うちの主人は大変にのんびり野郎であらせられます。
帰宅後に、もう娘を風呂に入れたのか?と毎日聞かれますが、

私と娘は明らかにパジャマを着ています。
Tシャツ短パンでもなく、スウェットですらなく、ボタンでチェックのTHEパジャマです。
そして、言うまでもなく、私と娘の私服もそれほどパジャマめいてはいません。

でも、わからんそうです。すごい。

思わず誉めてやりました。

ちまちましてなくて、えらい。


なんだか嬉しそうでした。

鈍感力も、生きていくのには必要ですね。


(節穴か!)