あっ!


という間に、大好きな夏が終わろうとしている。

私にとっては、32回目の夏が、過ぎ去っていこうとしている。


そして私は毎年、夏の終わりになると

「あと何回台風が来るかな(=週末サーフィンできるかしら)」ということに加え、

戦争と平和とか、地球の未来について、なんとなく想いをめぐらせる癖がある。今日は、9月11日。



船乗り日記


自分が生まれてから32年、世の中にはいろんな変化があった。


環境負荷なんて省みずにじゃんじゃん開発を進めていた70年代後半から80年代を経て、

いつのまにか時代は「気候変動」と「生物多様性」。


環境に優しい暮らしなんて絵に描いた餅だ、というのは、すでに昔の話になっている。


オバマ米大統領や、バンキムン国連事務総長のおかげで、

核兵器をなくすことなんて絶対無理だ、とか言う論理さえも、オールドスクールな話になりつつある。


環境とは共生していかなくちゃいけないというのが「あたりまえ」になったのと同様、

核抑止論よりも核兵器のない世界をどう実現するかを話すほうが建設的なのも、本当は自明のこと。


流動的な現代社会では、不況やら温暖化やら、若者のアイデンティティ・クライシスやらで、

なんだかもう、ひっちゃかめっちゃかなことになっているんだから、戦争なんてしている場合じゃない。




船乗り日記  全身ヨーグルトだらけ!食いしん坊すぎる!



世の中の大人の知恵を総動員して、

世界をもう一度、大急ぎで、持続可能な「良き場所」に作り替えていかなくちゃいけない。


だから、もう、このさい、「戦争をなくすことなんて結局無理だ」とか、

「地産地消の自然エネルギー社会に移行するなんてできるわけない」とか、

そういうネガティブ・キャンペーンは一切なしにしたらどうでしょう、って思う今日この頃。



船乗り日記



・・・前置きが長い!

とにかく、そんなことを考えていた折に、

かなり前に一度読んだ「モンテッソーリ教育の精神」(クラウス・ルーメル著)を読み、興奮がよみがえった。

その気持ちを、今日は書きとめておきたいんだった。




今から半世紀以上前を生きたはずのマリア・モンテッソーリさんの言葉が改めて新鮮だ。

彼女は「モンテッソーリ教育」で有名な教育者だけれど、出発点としては医師であり、科学者であり、

誰よりも熱心な「平和の作り手」でもあったことを忘れてはいけない。


今よりもきっとずっと強く「良きこと」へのネガティブ・プロパガンダが働いていた戦時中に

これだけ具体的に平和に向けて動いていた人がいたか、と嬉しい気持ちになった。




船乗り日記



1916年、第1次世界大戦の最中に、モンテッソーリはイタリアの戦禍を逃れてバルセロナに移住した。

1936年には移住先のバルセロナでも市民戦争が起こり、今度はオランダへ移住する。


彼女が提唱した子どもたちの「自主性」を大切にする教育は、本質的に戦争国家と相いれない。

ムッソリーニの全体主義や、広がりつつあった大戦の戦禍を逃れながら、彼女は

「戦争を克服する方法」としてモンテッソーリ教育を広めていった。



「人類はこれまで何回もペストのような伝染病を科学の力で克服してきたように、

科学的な方法によって、人類の手による戦争も克服できるはずです」


「いまだに人類が気付いていない人間同士の闘争があります。

それは、大人と子どもの間の深い溝、両者の激しい対立です。

大人は独裁者のように、子どもの自由を常に抑圧します。

そのような圧迫を受けて育った子どもが成人になったとき、

成人としての自由と責任を理解していないため、戦争を継続させる『種』となります」



彼女のライフワーク、モンテッソーリ教育と「子どもの家」の普及は、単なる保育サービスではない。


大人が子どもを抑圧することなく、健全な「自由と責任」を身につけるための具体的な解決策として、

モンテッソーリが整備していった環境が「子どもの家」なのだ。




船乗り日記



1930年代というのは、日本が自国の利益のために中国から満州国を独立させ、

イタリアはエチオピアを侵略し、ドイツではナチスのヒトラーが政権を取り、

スペインは左右の対立で内乱が起こっていた頃。


発言の場所をちょっと間違えたら、簡単に「非国民」と呼ばれ、

もしかしたら暗殺だってされただろう時代のさなかにありながら、

モンテッソーリは世界中で平和のための発言と、具体的な種まきを続けていた。



1936年のブリュッセル、欧州平和会議では


「世界の諸民族は、ひとつの有機体を構築するべきです。

子どもは、幼児期から世界人類の市民として育てなければなりません」


「汚れを知らない子どもの心の中にこそ、

世界平和を創造し、維持するエネルギーが宿っているのですが、

残念なことに多くの親は子どもが平和のために役立つ使者だと気がついていません」


「科学技術の発達によって、現代の人類はかつてなかったほどの進歩を遂げています。

しかし、この進歩は物質的なレベルにとどまっています。

科学技術を輝かせていた光とは逆に、人類は道徳的な暗黒状態にとどまっています。

その暗黒な状態から(人類を)引き出すことができるのは「正常化した」子どもであり、

その意味で子どもは「人類の父親」に匹敵する力を持っているのです」


と発言している。




船乗り日記
スーパー美少年のお友達、いっそうくん。どっちが女の子?



そう。


今でこそ「うちの子の能力を最大限に伸ばすために」モンテッソーリ教育が採用されたりもするわけだけど、

モンテッソーリさんは「世界の平和に貢献できる人」を育てるために、科学的な解決方法を模索していた。

そのために、子どもの自主性が伸びるのをお手伝いする教育の普及につとめていた。


子どもの幸せを本当に願うのなら、その子が頭のいい学校に行くことよりも、大きな会社に入るよりも、

社会や世界に貢献できるようになることを願うほうが近道だ、と私は思っている。


結局のところ、人は自分の能力だけで生きているのではなく、人や自然に生かされている存在だから。

自分が生きていることによって人や自然の役に立ち、感謝され、社会の一部である実感を得る、

それこそが「幸せ」につながるのだと思う。





船乗り日記



「子どもは、生まれながらにしてきちんとした秩序観を深く抱いているにもかかわらず

混乱の中で育ったために先天的に保持している規律感や秩序観を伸ばすことなく育ってしまいます。

平和な社会とは、秩序を大切にする人間によって構成されるものです。


私たち現代の人類はひどい混乱の中で暮らしています。

そこで私たちは、子どもには安定、秩序、調和、愛について語り、教育しなければなりません。

子どもは、本来的に秩序を愛する資質を持っているのです」




そうそう。そうなんだよ~。


子どもを愛し、その子の世界を広げてやりたいと願うあまり、

「もっとこうしてみたら?」「次はこんなことしてみたら?」と不要な声かけをしてしまう親があまりに多い。

(と、自戒の念をこめつつ言ってみる。)


球根の中に、素晴らしい花を咲かせるためのプログラムがすべて組み込まれているのと同様に、

子どもの中だって、生まれながらにして備わっている素晴らしい芽がたくさんある。


必要なのは知識を注ぎこむことや誘導することではなく、「じぶんで」できるような環境を整えることなのだ。




船乗り日記




「忘れられた市民である子どもが健全に育つための法則を私たちは知る必要があります。

その法則に従って子どもたちを育てることによって、平和を愛する新しい人類の創造が可能になる。

つまり、子どもは人類の父親、人類の教師なのです」



そうそう。


子どもが自分の手のうちにあるなんて思ったらいけない。

幼いころから思う存分に「じぶんで」考え、「じぶんで」やってみる環境を与えられた子どもは、

今の混乱した時代を生きている私たち大人なんかよりも、きっとずっと立派な「新しい人類」になることができる。




船乗り日記




夏の終わりの雑考が、長くなってしまった。



私が国際交流NGOにつとめて、そろそろ9年。


「だれでも参加できる船旅」で、みんなが世界を旅することで
世界の平和・環境・開発・人権の問題が「どこか遠く」で起こっていることではなく、
自分にもつながっていることであると気づくきっかけになれたらいいと考えてやってきた。

それでもここ数年、世界の問題と自分が「つながっている」ことの自覚だけでは世界は変わらないし、

そのきっかけしか作ることができない自分に少なからずフラストレーションを感じていた。


桃と杏が生まれたことが関係しているのかもしれない。

本当に「本気で」持続可能で平和な未来を作りたいと思う。

それなのに、このまま大人のための社会見学を続けていたら、それでいいのか?



そう思ってはじめた「ピースボート子どもの家」。

結果がすぐに出るようなものではないけれど、私にとって、これは何よりの平和作りなのだ。





船乗り日記




お母さんが変われば、子どもが変わる。
子どもが変われば、世界が変わる。


世界一の平和活動家よりも、世界一のお母さんがすごい。


お母さんになる前から持っていたその気持ちは、お母さんになった今も、ずっと変わらない。




夏は終わりつつあるけれど、

私の人生の「平和は子どもからはじまる」は、まだまだまだまだ、はじまったばかりだ。