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蜂飼 耳の詩

蜂飼 耳。

彼女は言葉を次の次元に運んでゆける人かもしれない。




<蜂飼 耳(はちかい みみ、女性、1974年6月3日 - )>は、日本の詩人、エッセイスト、小説家。神奈川県座間市在住。

2000年、詩集『いまにもうるおっていく陣地』で第5回中原中也賞受賞。
2006年、詩集『食うものは食われる夜』で第56回芸術選奨新人賞受賞。
2008年、小説『紅水晶』で第30回野間文芸新人賞候補。




中原中也は20歳過ぎの頃、25歳くらいの頃に挑戦したが、言葉がまるで見たことも、聞いたこともないように感じた。

あまりに峻烈で、鋭利。
うら若い私は、宇宙色の血液と奸譎の濁流に飲み込まれ、必死で手を延ばしガラージ、ハウスミュージックに掴まることが出来て、危うく一命を取り留めた。

それくらい中原中也の詩は、私にとって"恐怖"だった。
破壊でも破戒でもない、ただそこにいるだけで恐ろしいのだ。
フリーザのようなものだ。笑

「"黒"を垂れ流す者」とでも云おうか。
ブラックホールか、いや、もののけ姫のデイダラボッチの様に、止めようがない者。

無意志。

単細胞生物のように思考が削ぎ落とされたような言葉を洩らし、撒き散らす。

止めようがない。

そして、恐怖に滲む人の翳。
翳も光も同じ…。



話は蜂飼さんに戻って、笑

その、中原中也賞を受賞。
上記の通り、その他にも数々の賞を受賞されている。



彼女の言葉は、
鮮やかで艶やか、そして弾性に溢れている。

暗澹とした世界観は、
人間の闇そのものと判断するには疎かで、それが「人生の機微」であることを前提に、その先の人間観を至極包括的に綴っている。

そう、
人間には闇がある

ではなく、
闇があって人間
なのだ。

人間は空虚を抱えて生きるものだ。


生々しさは、いずれ彼女の人間性なのか、彼女独自のフィルター(森羅万象と生命の史の体得を試みつ、人をよく観察している)によって、人生の濃淡を、呼吸ひとつで変えてしまうかのような繊細さ。

いや、次の次元など「とうに消え去って、また創造」を、星の数ほど繰り返している。


蜂飼さんの詩は、律動がある。
完全なるリズムだ。

散文詩を本業とする彼女であるからこそ、というのは一理あるだろう。
言葉をひとつひとつ、命を投げ打つかのように紡いでいる。

蜂飼さんの言葉に入っていくと、世界の見え方が変わる。世界はこんなにも面白く、また脆いことに気づかされる。

ありとあらゆるものが、
ありとあらゆるもの に見えてくる。
宇宙です。

自分の宇宙を、理解など出来ないことはとうに知っているが、
それでも、堂々と感じなければ。



あぁ、もうとやかく批評してるのもバカらしくなる。

蜂飼さんの本は、
真っ白なページがやけに愛おしい。