SUN and FUN blog -18ページ目

あれから1年...

3.11の東日本大震災から一年が経ちました。

濁流が多くの魂を飲み込んだ。
深く、苛烈な哀しみが残った。

見たことのない映像に目が眩んだ。涙が出てくる。

今見ても、恐怖に打ち震え、自分のあまりの無力さを抽出される。

全てに於いて、「流れ」というものには抗えないものなのか。
私達人類が生まれるまでの地球の歩みは、それは峻烈な変化を繰り返してきたのだ。

それを流れというならば…。
それは宇宙のままになるようにしかない。

しかし、
悲劇は学びを生んできた。

人間というものは、欲深く、思慮深いものだが、
「生きたい、愛したい」というシンプルな感情は、やたらに清らかで健やかに感じるもの。

人の輪、思いやり、慈しむことの必然、そして尊厳。



旅立った魂に、そしてその煌めきを私の人生で担げるほど、全くもって、私は人間が出来てはいないが、それでも"生きる"という上で、東日本大震災と福島原発事故は、はっきりと人の有り難みや尊さと、糞みたいな社会構造を露呈した。




豊かさを見つめ直すこと。

去年から言い続けていることだが、高度経済成長のピーク前辺りに生を受け、利便さと消費によって回る資本主義社会を、当たり前のものとして育った。

食だってそうだ。
楽で、腐らず、簡単。
カップ麺やスナック菓子、ファストフード世代だ。

それら全てを否定しているわけではないし、実際その簡単さを受けている部分も大いにある。

必要なものとそうでないものは、個人の判断だ。

ただ、昨年私が出した結論は、
無くてもいいもの、
次の世代に不要なもの、残して困ること
はせず、自然と良き文化は「不便をしてでも守るべきだ」ということ。

質素で清らかな暮らしをすべきだ。
土にふれ、水を感じ、虫を愛でる。
木々に感謝し、風の色を撫で、花と語る。

たくさんの不条理の上に、歪みが歪みに乗算されてあまりにも複雑な状態でしか保てなくなった現代社会。

そこのからくり、理不尽で狂ったからくりをきちっと自分達で突き止め、正しいと思う行動をすること。

自分の意志を伝えること。
表現とは、言葉よりも深く情感を、想像を伝えられる。その分、大いに危険も孕んでいるのである。

声に出して伝えていくこと。

全ては自分と自分の愛する者、そして新しく生まれてくる命の為に。

一年経ってもこの意志は変わらないよ。
この先もずっと…。


今一度、3.11を憶う。
人の命とは。人と自然とは。人と食とは。人と暮らしとは。人と地球とは。人と宇宙とは。宇宙と心とは。

人と人とは。

ただもっと繋がりたい。
音楽をした過ぎる、楽し過ぎる。

音楽と人とは。






grassrootsに咲いた恩顔ー。
いかなる「系」も、いかなる「種」も無化される。
「繋がっている」。この想いより強い言葉があるのなら、それをこの夜に反芻したい。

とにかくパーティーを続けよう。
歌とダンスは何万年、何万回も可逆してきたし、これからもずっとそうだ。
それが人間の本質だ。