子育ても一段落してこれからは

やりたいことをやる人生

してほしい

 

 

私は、頸椎、椎間板ヘルニア

突発性大腿骨骨頭壊死症という

診断を受けてパートを辞めたのが

55歳の時

 

 

まだまだ仕事をしたかった

 

 

自分が好きなことをやる

ためにも自由に気兼ねなく使える

収入がなくなるのは痛い

 

 

ましてやこれから来るシニアライフ

楽しく過ごすためにも仕事をして

いたかった

 

 

夫だってあと数年で定年退職

 

 

私にはもう働く場所はない

 

 

なんだか社会から隔離されて

必要がない人間と言われて

いるようで辛かった

 

 

働いている時は

あんなに憧れた専業主婦

 

 

いざ専業主婦になってみると

思っていたのと違った

 

 

ないものねだりだったのだ

 

 

好きなビーズ作りをしても

すぐに手が止まってしまう

 

 

 

 

毎日、毎日同じような生活

 

 

私には何も見出せなかった

 

 

働いている友達が生き生きしてる

 

 

仕事や、同僚の愚痴を言われても

それさえ羨ましく感じた

 

 

私には何もないと思った

 

 

誰にも必要とされていない自分が

みじめだった

 

 

そして夜、眠れなくなる

 

 

悪いことばかりを考えてしまう

 

 

そして、自分の人生はこんな

ものだとあきらめた

 

 

こんな「負のループ」から

抜け出すのに何年もかかって

しまったえーん

 

 

抜け出すきっかけになったのが

以前のブログでも書いたけれど

 

 

若宮正子さんだった

 

 

彼女は81歳でスマホのゲームアプリ

を開発して有名になった人です

 

 

 

 

「人生100年時代

今の成績の善し悪しなんて関係

ありません」

 

 

「私みたいに80歳を過ぎたって

勉強は始められるのですから」

 

 

ある日講演会先で

「やりたいことがあれば

やってみること」と言ったら

 

 

「おっしゃることは分かるが

その一歩がどうしても踏み出せない」

 

 

と言われたそうです

 

 

まず、私はやってみる

と、若宮さん

 

 

「失敗したらどうしよう」と言う

けれど、失敗こそが資産です

 

 

だめだったらやめれば

いいだけです

 

 

この言葉を聞いて

私は自分が恥ずかしかった

 

 

自分には何もない

自分は必要とされていない

自分なんか、自分なんか

 

 

と、自分からは何も行動も起こさず

悲劇の真っ只中にいた自分が

恥ずかしかった

 

 

与えられるのを待つ

のではなく

自分から取りに行く

 

 

そう考えただけで力が

出てきたんです

 

 

自分ができることで何か

やってみよう

 

 

人生最後のチャレンジをしてみよう

と、思ったのは60歳過ぎでした

 

 

あなたもまだまだいける!

 

 

応援しています飛び出すハート

 

 

 

最後までブログを

読んでくださいまして

ありがとうございます愛

 

 

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