アイツは今日もどこかで誰かと。 -9ページ目

カウントダウン



11月30日の夜は珍しく夕方には帰宅し、パソコンをつけた。テレビをつけ、歌番組を見ながらパソコン。23時くらいから某就活サイトで就活についてのネット生配信がされていた。


生配信ということもあり見る側も緊張感がある。その番組にはチャット機能もあり、いま流行りのいわゆる 視聴者参加型だ。しかしその更新率が半端じゃない。瞬く間に更新され、まぁ頭数多いにしろその勢いに圧倒された。気持ち悪い(笑)

そのせいかサーバーがダウン。見れなくなってしまった。なので別のサイトのネット生配信を見た。視聴者3500人超え。ここでのチャットも就活生の勢いに圧倒された。


その番組の中でカウントダウンがされ12月1日となった。各社がエントリーを開始した。まるでもう年を越したかのようだった。あのわくわく、ドキドキ感は忘れない。忘れちゃいけない。まるで花火大会の日の雨よ降らないでくれと思いつつ、祭りを楽しむ気持ちだった。


あのチャットといいなんといい就活生の焦り具合にドン引きだ。たしかに人間先が見えないと不安で、じたばたする。けど余裕を失ったら終わりだと思う。底なし沼ではもがけばもがくほど沈む。


イライラしたりする子も学校で見るが、本当に無い。友達に八つ当たりするのはダメでしょ。俺も特に友達を大切にするってタイプではないけど、八つ当たりはしない。しかし傷の舐め合いとか同情とかもない。いざってときに居ればそれだけで良い。


何を焦る。これは夏・祭りだ。多くの人に出会って、失恋という不採用、ビーチでナンパするかのように企業を選んで成功したら内定。コクる前の緊張感は面接前の緊張感に似ている。頭は真っ白になり用意してたセリフも飛ぶ。けど本当に好きなら、素直な気持ちが良い感じに口から出る。夏の夜は眠れなくて語り明かしたい。そんな気持ちで面接官と話せれば明日はきっと良い日。

そう、就活生って言っても大学生なんだよ。


就活という制度はあまり好きじゃない。北朝鮮の軍人の行進を見て笑う若者よ、みんなが同じようなスーツ姿で説明会にくる、それが日本だ。一斉にエントリーして無我夢中に企業探してサーバーダウン、それが日本だ。学生の本分は勉強だと謳いつつ最も勉強や芸術に触れて大人になろうとする時期に就活させる矛盾の国、それが日本だ。


「俺は敷かれたレールの上は走らない。でかくなるんだ」と言いながらみんなと同じく就活してる。ジョブズは仏教を学ぶために貧相な格好までしてた。


とは言うものの火蓋は切って落とされた。The die is cast. 自分が自分でいられる場所であれば良い。もちろん人を巻き込むことはできるからそんな気にしてないけど。


どんな時だって自分に劣等感があるヤツはカッコ悪い。そりゃ誰だって人に劣る部分はある。けどそれを受け入れる心があるからかっこ良い。もっとも人に優る部分もあるがね。



going my way



ターニングポイント



運命には逆らえない。
たしかに人の行動の結果はすべて運命という言葉で片付けることができる。

しかし人は運命を知らない。結局自分が動くことである。その方向性を決定する事柄が人にはあると思う。つまり進路の悩みだ。それを掘り下げれば自分はいつからこういう人間になったのか、だからこの道を進みたいのかということがわかる。


分岐点には何かがある。極端な話、電車一本乗り遅れたことが人生を左右することもある。


いまの自分ができるまでにどれだけのターニングポイントがあったろうか。人との出逢い、音楽との出逢い、挫折と成功、人との別れ、時代の移り変わり。


自分の人生には自信がある。成功しているか失敗しているかはわからない。けど間違ってない。自分が見えてる。行き場をなくした鳥たちは途方に暮れ、建物に追突する。運命に委ねて前進するのも悪くない。自分があればなるようになる。



地元に帰ったら、地元企業様から優遇されるそうだ。地元を離れ、都会で経験を積んだからか?それともイメージ・ブランドか?まぁわからない。ただ、特別扱いは嫌いじゃない(笑)優越感から生まれる自信、自信から生まれる余裕、余裕があれば自由に動ける。信頼得てこその話だとは思うが。話を聞いただけ良かった。視野を狭めるのは可能性を捨てることだ。



最後に。「言いたいことだけを言ってはい、スッキリは子供だ。この場で言って良いことと悪いことの分別がつくのが大人だ」確かに間違ってない。ただ、言いたいことを言えないでストレス溜まっていっぱいいっぱいになるのはバカだ。

例え言っちゃいけないことも相手に信頼されていれば許してもらえるときがある。


単純でくだらない

クイーンになる



「あの駅には決まって☆時に警察がくる」
「あの道の信号機は決まって☆時☆分に青。つまり☆分にここを出れば赤信号に捕まらない」


例えばこれを不良君たちに教えたら、彼らは良いことを聞いたと思い、基本的に排他的なヤンキーも仲間意識を持ってくれる。ヤンキーと友達でいたいけど真面目な社会で生きていきたいなんて人は、不法行為に及ばなくても、あのような知識を教えるだけで良い。


チェス的に言えば、最弱な駒もうまく動かせばクイーンになるんです。そのために他の駒を効果的に動かす。


例えば、社会でうまく生きたいのなら正義感だけではやっていけない。裏の正義ってもんがある。芸能界では、というかいま社会的に排除の方向に進んでいる。黒い関係があるという疑いがある芸能人は紅白歌合戦に出れないくらいだ。


やだやだ、みんな仲良くしろよ。人という字は人と人が支え合って出来ているというのなら、利用し利用されるのも人だ。そういう繋がりがあるから自分の発展が見込めるわけで、何事も排他的なスタンスじゃいけない。清濁合わせ飲もう。


原発だってそう。反対者は「マスコミが情報を隠している。国民を洗脳する気だ」なんて言ってるけど、いつまでもいつまでも原発の話しかしない人たちもまた洗脳されてないか?マスコミが悪いわけでもないし、まして政治が悪いなんて言うのも変だよ。そもそも世論がはっきりしなきゃ政治だって何して良いかわかんないんじゃん、所詮人間だもの。


例えば恋人にクリスマスプレゼントを買ってあげようとしたら、恋人が欲しがってるものをあげたいでしょ、そのためにあの手この手で聞き出すでしょ。欲しいものわかんないなんて言われたら、は?ってなって何も動けず自分で考えるしかないでしょ。考えた結果、悩んで買ってあげたものは実は恋人の欲しくないものだったてオチにもなりかねないっしょ。


政治も同じ。「原発なくても俺の生活そんな変わんないしあってもなくてもどっちでも良いよ」なんて人もいるし。反対者も賛成者もいる。どの方向に進めるか超怖いよね、絶対。


でも排他的になるのはいちばんだめ。清濁合わせ飲もう。逆らった奴は敵か、味方か?(笑)