結果かプロセスか
僕は結果がすべてだと思う。
例えば3時間勉強して100点の人と1時間勉強して100点の人がいたとする。
僕は後者を称賛する。超効率的でデキる人だからだ。前者に対しては「3時間やったんだから当然だろ」と言うだろう。
そう、頑張ることなんて当たり前のことなのだ。目標が出来たらそれを達成するために頑張る。当たり前じゃないか。
なのに「3時間も勉強したの?すごーい努力家」という評価が一般的だ。
いちばんわかりやすいのがスポーツ選手だ。テレビや雑誌のインタビューで「私はこんなに頑張りました。だからこの結果が出ました」とよく言っている。
大嫌い!「私頑張ってるでしょ?」とか「あの人も頑張ってるから私も頑張ろう」みたいな人が。
頑張ること、努力することは否定しないし、むしろしないヤツなんなの?と思う。が、頑張ること、努力というプロセスはどうでも良いの、当然踏むプロセスなのだから。
例えば。ご飯を食べにいって料理が届きました。その時に「この料理はどのように作られたか」なんてプロセスはどうでも良くて「この料理はおいしいのか」という結果がすべてなのだ。
もちろん、プロセスを加味する評価制度があることを否定するわけではない。ただの僕の意見です。
うさぎからたつへ
あけましておめでとうございます。
今年はいよいよ就活。ととも大学生活クライマックスを楽しまねばなりません。
就活が楽しみという理由は多くの人と出会えることだけでなく自分が変われると思うからです。今まで挫折の経験をほとんどせず思い通りに生きてきた私の変革期であると期待しています。
そろそろ俺も変わろう。いまの人生でも充分満足ですが高みへ行けるなら行こう。だから今年は友達関係にも区切りをつけて、見限る人は見限ろうという覚悟です。
さきほど挫折と書きましたが、挫折は必要なのかどうかという話をします。
挫折とはなにかに失敗したときに主に感じるものではないでしょうか?
二兎を追うもの一兎をも得ず。得られないという失敗。挫折。
僕はこう考えます。アツく、がむしゃらに、堂々と、泥臭く、無鉄砲に追うからダメなんだ。バカ。
追わずにライオン二匹を連れてきて捕まえさせる、あるいは罠を張っておく。こうすれば簡単に二兎を得ることができる。
これをせこい、卑怯、たち悪いと言う人がいるがこのような言葉を口にするのはいつだって敗北者だと思う。
だからバカはすぐ挫折する。もっと考えて行動すればそうそう失敗はしない。
こう考えます。こういう自信家は折れたら立ち直るのに時間がかかる。だからこそ挫折はしたくない。そう思い出来ないことはしない、出来ることを最大限にする。そうしてきた。
これでは次のステップに進めない。勝てないヤツには一生勝てない。これじゃあプライドが許さない。負かすヤツを増やすために成長しよう。そう決めた。だから挑戦して、失敗して挫折して、成長しようと決めた。すべては経験が語るのだから。
もちろん先に述べた、挫折から困難から逃げて楽しく生きることもできる。これを悪いとは言わない。きっとこの人生のがトータルで見たら楽しいだろう。挫折期間、つまりマイナス期間がないのだから。
けど、そういう人間は他人から飽きられると思うんだ。生まれた町から出たことのない人はその町についてしか語れないが、挑戦、経験、ステップアップのつもりで海外に踏み入れた人はそれだけ多くのことを語ることができるのだ。
デートスポットを全然知らない男と知り尽くした男。遊ぶならどっち?という話ですよ。
さきほど友達関係にも区切りをつけると言いましたが、挑戦して、挫折する恐れがあるのなら支えが必要でしょう。浅く広くから狭く深くへ。洗練された友情、どんどん遊ぶ時間が減っていくのだから貴重な遊ぶ時間は濃く過ごしたいものだ。
文系と理系
人は成長するにつれ立場、肩書きでしか見られない。そんなことが増えていく。
文系大学生は頭は良いのかもしれないけど遊んでる。感情論がけっこう多い。「1+1=3にも4にもなる」と平気で言う。
理系大学生は頭より才能を生かす。毎日学校へ行く。論理的思考。納得出来ないことを受け入れがたい。「1+1=2です」
もちろん色んな人がいる。新宿西口、高層ビル街。最近はよくそこへ繰り出している。いまはプレゼンテーションセミナーが終わったところ。
僕はプレゼンが嫌いだ。理由はいくつかある。
・声を高らかに、身振り大袈裟、そんなバカっぽいことしたくない。
・なんで見ず知らずの人に自分さらけ出さなきゃいけないのか。評価されなきゃいけないのか。
・語ることは好きだが感情論で話したい。相手を納得させるための論理的構成を作る意味がわからない。やりたいことはやりたいんだ。
という理由だ。
しかしなんとなく掴んだ。相手の話を「うんうん」聞くのが好きじゃない。俺は人の話を良く聞かない。正確に言うと、全部聞く意味がない。
なぜなら、こう言ったら、こう返ってくるだと予測できるし、出来なくても途中まで聞けばなんとなくわかる。
みんなだってきっとそう、予測出来ない物語のが楽しいと思わないか?
なんて悪い癖。これは話すときにも出る。
簡潔にまとめようとする。
例えば、この記事を友達が書いたとして、俺はこうコメントするだろう。
「要はプレゼン好きになったんでしょ?良かったじゃん。就活がんばろーね(^o^)」と。
相手の過程、歩みは気にしない。結果がすべて。
今日会った明治の子に「すぐ簡潔にまとめられて、きっと頭の回転早いんだろーなー」と言われた。嬉しいけど、嫌味にもとれる。もっと熱く議論しろよ、話が膨らまないじゃん。みたいに。
まぁでも色んな人がいた。緊張は自分に自信がないとき、不安なときに起こる。自分を持とう。人を知れば自分がわかる