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いじめと自殺~逃げ道を探して~

最近はこの話題でいっぱいですね。男子生徒のいじめ自殺問題。私が言いたいことはみなさんと一緒ですし、影響力のあるデヴィ夫人がアメブロでおっしゃっていたのでここで書く必要はないと考えています。


ですのでここではよくある「いじめ論」について個人的な意見を書きたいと思います。

・「いじめを見て見ぬふりをしたヤツはいじめっ子と同じだ」という発言
>> 言いたいことはわかるけど無理(笑)余計なことを言えば自分がいじめられるし、言ったところでいじめは収まらないことを子供たちはわかっている。



・「先生・保護者はなぜ気づかない」という意見
逆にみなさんそんなに相手の気持ちを汲み取れますか?もちろん外見に変化が現れればわかるとは思いますが。またいじめに気づく瞬間ってそれほど多くないと思います。いじめられた子はいじめの開始時は親や先生の前で元気を装う。いじめが継続するとそれが日常となり親や先生に悲しさを訴えることをしなくなる。そんなことがあると思います。実験用のマウスに電気ショックを流すことを繰り返すと、しばらく経てば無駄な抵抗はしなくなるのと同じです。



・「いじめっ子に反省の色がない」という意見
思うにいじめって達成感がないから無駄に長引くし、いじめっ子もいじめに対する気持ちが入ってないんだと思います。気持ちが入らなければ罪悪感もそれほどないので反省する意味がわからなくなる。「ただおもしろがってやた」最低な意見だけどこれがいじめっ子の本音だと思う。不良生徒は相手を殴って「勝利」という達成感を得たら殴ることをやめるが、いじめはそうでない。


・「良い家庭の子供はいじめっ子になりやすい」という声
いちばん論じたいのはここ。裕福な家庭の子はいじめっ子になりやすい?そんなことはないと思います。プライドが高くてその優越感からいじめをすることはあるにしても。むしろ一般家庭の普通の子がいじめをすることが多い。それは「自分がいじめられないように」強がっていじめっ子になるパターンがあるからです。
裕福な家庭に育った子がいじめをした。今回の自殺問題の加害者の名前・写真が出回ってますね。みんなある程度力をもった親の子です。叩きが甲斐があるからより目立つだけでしょう。一般家庭の普通の子がいじめっ子であっても叩く点が見つからず必要以上に炎上しない。嫉妬で燃えるネットの海ではよくある話です。


ですからそれを利用してもっと「悪いヤツ」が裏にいるのではないかと考えます。裕福な子供を操る一般家庭の子。考えてみれば、裕福な家庭に育てば親のレールがあるため、逃げ道も親が用意するため何も考えず、リスクを恐れず正々堂々いじめをする。勉強以外の頭(悪知恵など)は無い。一方、一般家庭の子で少しズル賢い子は、自分がどううまく生き延びるかを自分で考えるサバイバル適応型なので、いじめの首謀者でありながらうまく先生生徒の目から逃げ、ネットに名前さえ出ず(出たとしても一般家庭だから叩かれないことを知っている)のうのうと学校に通う子がいることもあり得ます。


誰がいじめっ子か、誰がいじめられているかそれはその集団に深く属してなければわからないことです。近所付き合いさえしない現代でいじめを発見することはとても難しいことのように思います。

恋と経済の記号的価値

彼氏彼女の好きなところを問われ「顔」という答えほど不幸なものはない。高校時代、売名行為で付き合うことをしていた自分が言うのも何だが。それはブランド品で武装装備していることと同じだ。


もちろんそんなことが出来るようになったのはこの国が豊かになったからに他ならないわけだからむしろ幸せなのかもしれない。貧しいときはそれだけ生活に余裕がないため人は生理的欲求(睡眠欲、食欲など)を満たすので精一杯。それが豊かになり、治安もある程度良くなると人は金銭的にも精神的にも余裕が出てきて昇進したい、モテたいなど新たな欲が生まれる。(マズローの欲求階層説参照)


貧しい時代は結婚相手も親の紹介であったり、近くに住んでいる人だったりあまり好きではないけど、結婚はしなければならないからそうするしかなかった。そう考えれば出会いに溢れた、「出会い」がビジネスになってしまう現代は幸せである。ちなみに人は起こる確率が低くなるだけハイリスクハイリターンを求めるらしい。キャバクラはこの人間心理を利用している気がする。そりゃ可愛い子と付き合える確率は相対的に低く、でも付き合えた良いなとたくさん貢ぐ(笑)でも多くのキャバクラは「合コンより確実」なんて言われているけど。


少し見方を変えてみる。先ほど貧しいときは生理的欲求を満たすので精一杯と述べたが、それはマズローの説と同時にそもそも選択肢がない現実がある。つまり貧しいときは人間の欲が生産を促す。一方豊かなときは生産が人間の欲を生む。


例えば、貧しい時代ある偉人がカレーという食べ物に出会い、好きになる。また食べたいと思うが当時カレー屋およびカレーを出す店がなかった。カレーという食べ物の噂や食べたい欲がどんどん広まり、ついにカレー屋がオープンする。みたいなもの。
今じゃあなんでも揃っている、むしろモノが余る時代。モノを売るためには宣伝広告で人の欲を作りだすしかない。つまり私たちの購買行動は、完全に操作されている。考えればそうで、バレンタインにわざわざ
チョコを買わずとも、告白で「無償の愛」は提供できる。それはそうとしていちばん私が言いたいことは人の購買動機が気に入らない。例えばそのバッグ。別にシャネルでもヴィトンでもグッチでもなくても良い。それでもそうであるのは「人より目立ちたい」「人と変わったことをしたい」「周りの友達と同じが良い」という動機である。自分の意見のようですべて企業の思惑通りの行動をとっているだけ。「神のみえざる掌」の上で転がされている。

ビッグデータの活用

ビッグデータの活用が盛んになっているいま、私はこれまでネットで発言してきたもの(twitter、facebook、mixi、前略プロフィール、各種ブログ)をひとつに集約しようとしています。 しかし何かが足りません。言うまでもなくカタチに残らないコミュニケーションツール、会話です。人間は思っている以上に自分にとって重要な情報を自分の口から発しています。
居酒屋での他愛もない会話の中にも直感的発言が最適解を導くこともあるんですよね。意外と酒飲んでると深い話しますからね(笑)
そう思って最近は飲んだ次の日に昨日はどんな話をしたかを必死に思い出しています。しかしそれは限界がある。そこでテープレコーダーで録音をしようと最近本気で考えているんです。実際、私の知っている営業マンの方は新人のときそれを実践して交渉術を身に付けたそうです。しかしそれも、相手の声も録音されてしまうわけですからビッグデータ他マーケティングに使われる情報はどこまで個人情報が入っているかという問題と同じです。
昨日ある企業が「電話を簡単に録音するソフト」を発表しました。やはり必要なんです。
私の場合は別に言質をとることが目的ではないので、自分の声だけを拾うレコーダーがあった欲しいなと考えています。調べてないので実際にあるのかもわかりませんが。
「アイディア」といえばある天才がひとり部屋に閉じこもって、あるとき部屋に電気が付いたかのように閃くのをイメージしがちだが、実際は人との対話からアイディアは生まれる。昨日のNHKクローズアップ現代「TEDの魅力に迫る」の番組内でそう言っていました。
自分が求める真実はもうすでに自分の心の中にあって、ふと人と会話をしたときにそれがポロッと出るのかもしれませんね。