私がこの業界に入った真の理由!父親の壮絶な介護と家庭内暴力 | 老人ホームで採用を担当している私が介護職の転職をサポートするブログ

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面接は採用側と転職者の化かし合い。転職する理由の大部分は人間関係によるものですが、特に介護の現場ではその傾向が顕著。これまでに1000人以上の履歴をを見てきた私が転職の秘訣を大暴露

今年も様々な事件が世間を賑わせましたよね?

 

私が今年いちばん憤慨したのは池袋暴走の元院長の事件。

 

他の事故と比較しても、逮捕されないのは誰が考えてもおかしいし、TVで解説している弁護士さんも「これはこれで(逮捕されなくても)良いパターン」と忖度しているのが気持ち悪かったですね…。

 

しかも、各テレビ局が飯塚元院長を「さん」付けしていたのにはもう吐き気がするぐらい。

 

同じように皆さんも連日報道される介護業界での暴力や殺人事件について憤慨していることでしょう。

 

私も同じように怒りを感じますが、一歩間違えれば「自分もああなっていたのでは?」って恐怖が同時に蘇ります。

 

 

 

保険制度がなかった時代に父の介護をした経験

私がまだ学生の頃、父親を介護した経験があるんですよね。

 

気丈だった63歳の父が再就職先で倒れ救急搬送され、そのまま原因不明の病気で歩けなくなってしまいました。

 

当時はまだ介護保険制度がなく、ヘルパーを頼もうにも頼めない状況、しかも頑固一徹な父は他人の介入を拒否。

 

母親がメインとなって介護することになったんですが、自分では歩けない、モノも食べることができない、自由がきかない現実に絶望して暴れるわ暴れるわ。

 

介護業界に入って10年間総務職として働いてきた今でこそ、こういう高齢者の気持ちを汲み取ることができる私ですが、当時はまだ二十歳そこそこの若造です。

 

父が暴れればそれに呼応してこちらもヒートアップ。

 

家庭内はもうメチャクチャですよ。

 

私は父から母への暴力に憤慨する→母が悲しむ→父から母への暴力→弟も一緒になってキレるって悪循環で、まるで積み木崩しのように家庭が崩壊していきました。

 

家庭内に病人が出ると家庭が崩壊するって聞いてはいたものの、身をもって体験した形の私です。

 

母の献身的な介護もむなしく、4年後父はあの世へ旅立ちました。

 

本当はまだまだ親孝行したかったのに、悔いが残った瞬間でもありました。

 

 

 

ベテランのキャリアコンサルが導き出した答え

月日はうんと流れ、20年後の私。

 

もうすぐ40歳の誕生日を迎えようとしていた私は、長年勤めていた工場から痛恨のリストラ宣言。

 

悲しむ間もなく転職活動に突入するも、総務職(人事職)という職種自体希少でなかなか思うように内定が取れません。

 

5か月経った頃、とある昭和の香りが漂う企業に経理総務職として採用されるも、強烈な社長とパワハラ体質、さらには自殺者が数人出ている事実を知ってしまい、試用期間内に自主退職。

 

また失業状態に戻ってしまった私ですが、年が明けた1月に運命的な出会いをします。

 

Tさんは、元リクルートのベテランキャリアコンサルタント。

 

人材紹介を創成期からやってきた伝説の人物で、さっそく私の生い立ちから根掘り葉掘り聞かれてしまいます。

 

普通職歴だけでしょう?って思うやないですか!

 

でも、ベテランのTさんは「あなたの生い立ちこそ重要なんだよ」とばかりに、幼少期の思い出や、中高でハマったこと、そして大学生の時に父親の介護をしていて暴力を振るったり、暴言を吐いたりして今は後悔している話。

 

なるほどねぇと聞き入ってくれた彼でしたが、求人の紹介は後日という事。

 

こんな親身なコンサルも今どき珍しいし、話が出来ただけでも良かったなと帰路についた頃、「ちょっと話しそびれたことがあるから明日来てほしい」と携帯に留守電が入っていたんだ。

 

 

 

私が介護業界に入った真の理由は父への贖罪

 

次の日ふたたび彼の事務所を訪れた私は、「あなたなら介護業界で輝ける」との一言に驚いた。

 

はぁ?私、総務職希望なんですけどね?ってちょっと不機嫌になってたら、「いやいや介護職ではなくて介護業界の総務職だよ」とコンサルのTさん。

 

総務職としてのホスピタリティ精神があるだけでなく、やり残した過去の後悔を背負っているあなたなら、この業界は天職だよ?と。

 

当時の私にとって介護業界は未知そのもの。

 

自分には関係ないと思っていたし、興味も当然1ミリもない状態の私でしたが、彼が強烈に後押ししてくれたおかげでなんとか今の自分があるような気がする。