『中世の裏社会』(A・マッコール)から〔21〕



○魔法使いと魔女


(1)基本的な定義など

 A.古代において科学と宗教はほとんど区別されなかった。科学は「世界を理解しようとする努力」、宗教は「可能ならば世界を支配しようとする努力」であった。そして古代社会では魔術師とは尊敬の対象である社会の構成員であり、時には祭司だった(Magicという語は古代ペルシアの祭司階級にあるマギに由来する)
 B.魔術師が行おうとした魔術には「高級魔術:ピタゴラス派や新プラトン派が目指したような¨神との合一¨を目標とする」と、より現実的な目標を持つ「低級魔術:予言、占い、恋愛や天候を左右する、病気を治す、魔術師の敵に災難をふりかける」があった。中世に魔女・魔法使いと考えられた人々は、ほとんど常に「低級魔術を行っている」と非難されていた
 C.ローマ法では、魔術が犯罪とされるのは「悪意を持って行われ、被害を引き起こした時」だけだった
 D.しかしキリスト教においては、いかなる目的であれ人間が「全能の神が創造した世界を支配する」などとは到底許しえない。この世で人にできることは「祈りと神の恩寵によって、謙虚で悔悛した心を持って、永遠の罰を免れるよう神に懇願する」ことだけであり、誰かが世界の諸力を従わせるられると主張したならば、それは「彼が悪霊・サタン・悪魔たちと取引している」に違いなかった

【神と対立する存在たち】
 E.「神に対する反逆を指導したために、その支持者や悪魔の軍団とともに天国から追放された天使(=サタン)」についての伝承を、キリスト教は何点かの外典から受け継いだ。サタンはこの世の支配権を握り、それは「神の子が十字架に釘づけにされることを許す」時まで続いた。これによって神はサタンの力を制限したはずだったが、サタンの能力(人間を誘惑して真の神の崇拝から遠ざける)はメシアの再臨まで保たれる、と考えられた
 F.キリスト教徒の霊的生活とは「彼自身やの心の内側で行われる¨悪の力と善の力との永遠の闘争¨」であり、この闘争から彼を救い出すために「殉教者、聖人、聖遺物とその絹覆い(これは、殉教者自身の身体や殉教者が触れた物と接触したことから、奇跡のような神々しい霊気を持っていた)」があった
 G.しかし、様々な悪魔からなるサタンの軍団は善の力と激しく対立し、あらゆる策略・ごまかしを使って人を罪に導くことに躍起になっている
 H.さらにキリスト教徒によると、この軍団に「異教の神々」が含まれる。「より重要な神々は上級の悪魔に」「古ゲルマンの小人・小鬼・妖精は低級な悪魔・インキュバス・サキュバス」となった。それまで異教の神々と妖精たちは「時には気まぐれで残酷なこともあったが、時には親切で助けとなる」存在だったのが、教会の公式見解として「完全な悪=人間の不幸のもと」とされた


(2)初期の教会人たちの柔軟な対応

 A.彼らは「たとえ蛮族(ゲルマン、ケルト)をキリスト教に改宗させても、最初はなかなか異教の神々を捨てないであろう」ことに気づいていた。そこで対応策として、グレゴリウス大教皇の書簡(601年7月18日)では以下のような指示が出された
 「異教の偶像を破壊するものの、神殿は破壊せずに聖水を降り注ぎ、中に祭壇を備え、聖遺物を置く。こうして、異教徒がかつて集っていた場所をそのままキリスト教徒が集まる場へと切り替える(神殿を破壊しなければ、人々は自分たちの従来の信仰を捨てることに躊躇いは無くなるだろう、という目論見)」
 「異教の神々に雄牛を捧げる習慣を、キリスト教の献納の日or聖遺物がそこに納められている殉教者の祝日などに置き換える。これによって、異教の神々への捧げ物を、神を賛美するための食べ物と考えるように仕向ける」

【奇跡:一見魔術的な出来事】
 B.聖アウグスティヌスは「他のいかなる『神々の魔術』と称するものよりも神の霊力が優ることを示すために、神は何人かの聖なる人物に特別な力を与えた」「邪悪な悪魔が仕組んだ見せかけの驚異は、嘲笑・誘惑・妨害と見なすべき」と断言した
 C.この考え方は効果的で多くの改宗者を得たが、逆に「古い汎神論的宗教(森羅万象に神が宿る、という考え)」がキリスト教の発展に大きな影響を与えるようになる。さらに最も困ったのは、奇跡と思われることが「本当の奇跡」or「邪悪な悪魔が仕組んだ嘲笑・誘惑・妨害」かを区別する基準を、教会自身が示せなかったことだった
[例:中世初期にアルル地方の人々を煽動した男は、驚くべき治癒を行ったことによって3000人から聖性を認められた。トゥールのグレゴリウスはこの男を「アンティ・クリスト」として記録した]


(3)中世初期の魔術

 A.中世を通じて教会は「奇跡が真の奇跡であるためには神の御名において行われることが必要で、キリスト教の神や聖人の助けを求めない魔術は悪霊の仕業に違いない」と主張した。しかしこの見解を、一般大衆や自称「魔術師、魔法使い」はほとんど認めていなかったようだ
 B.ごく一部(悪魔の助けを求めようとする自称魔術師)を除けば、普通のキリスト教徒たちも「薬の原材料を育んだ母なる大地・母なる自然・癒しの霊」に呪文を唱えながら薬を飲んでいた。そして多くの魔術師とて、特別に悪の力に頼ろうとした訳ではないことに注意!
 C.中世初期の世俗支配者はほとんどが「魔術は特に忌み嫌うべき犯罪で厳罰に値する」と考えていた。そして諸法(テオドシウス法典・ユスティニアヌス法典、シャルルマーニュやアルフレッド大王の法)はいずれも死刑と定めていた。しかし実際の運用においては、古いローマ法を適用し続けた(=恩恵をもたらす魔術と害をなす魔術とを区別した)
 D.時には魔術によって損害が生じたことが明らかになっても(例:家畜や収穫など)、大したことがなければ、有罪とされた魔術師が損害賠償をするだけで厳罰を免れることもあった。しかし魔術師が誰かを殺そうとした時、特に「君主やその家族に死を与えようとした」と告発された時には、裁判の進め方・死刑の執行方法は通常より過酷となった
[※フランク王国のキルペリック王と王妃フレデグンダの宮廷の高官ムンモルスの例は省略]


(4)魔術・魔女幻想の変化

 A.「夜空を飛んで邪悪な集会に参加し、そこでしばしば人肉を喰らう人間が存在する」という民間信仰は、古代ゲルマン世界から中世へと受け継がれた。しかし中世初期の当局者は、こうした迷信を信じていなかった!彼らは、魔法や魔術に関して「組織的な狩り出しや迫害が必要なほどの力を持つ者はない」と考えていた
 B.しかし中世盛期にローマ・カトリックと東方教会が実質的に分離した実体となり(1054年に相互破門)、その過程で起きた多くの教義上の論争において、お互いに罵り合い、自分に賛成しない者を「皆異端としと、悪魔の策略にかかり真の神を見失っている」と非難するのが当たり前となる
 C.教会が「魔術・魔法は悪霊の働きによる」と主張し続けたために、(とりわけ中世盛期以降に)西欧で異端が広まると人々は異端と魔術・魔法を結びつけ始めた。これまで「魔女が行っている」としてきた行為(迷信と片付けてきたにもかかわらず!)も「異端者もしている」と考えるようになっていく
[例:オルレアンでの裁判(1022年)は、異端者と魔術が結びついた裁判の最古の記録だった。この異端者たちは「聖体のパンにキリストの身体と血が現存していることを否定し、これによってキリスト教の洗礼・諸聖人の取り次ぎの有効性を疑った」。そうした彼らを「夜に秘密の集会に出席し、サタンと他の悪霊たちを呼び出して、近親相姦に耽っている。それによって生まれた赤子を8日目に殺し、その灰を焼いて神を冒涜する聖餐のパンを作る」と非難した]
 D.人がサタンと契約を結ぶ、という観念は少なくとも4世紀まで遡る。しかし「このような契約が本当に存在する」と信じる者がいたにしても、「異端者の集団が淫らな儀式を捧げて現実にサタンを崇拝している」と疑われるようになったのは、南フランスでのカタリ派の成功に対する警戒が強まって以降のことだった
[例:ジェルベール・ドーリヤックの博識を疑う者は、この学者が魔術によってその知識を得たと考えた。彼が教皇シルヴェステル2世として登位できた(999年)のも、彼の師匠であるサタンと数年前に結んだ契約によるものと思われた]
 E.カタリ派以降、異端者たちが行っているという犯罪のイメージ(例:サタンや悪霊に祈りを捧げている・悪に奉仕する約束をして魔力を獲得した)が詳細に形成されていく