マインドフル、マインドフルネス、マインドフルネス・メディテーション、マインドフルネスストレス軽減法、etc etc..

マインドフルネスといってもいろいろな呼ばれ方や、本屋さんに行くとさまざまなタイトルがあります。

 

いろいろありますが、どれがどうなのか、、、

 

我々True Nature Meditationではマインドフルネス・“メディテーション”としています。

マインドフルネスは古来より続くメディテーションのメソッドの一つといことと、マインドフルな感覚を磨くには継続的なトレーニングが必要不可欠だからです。

 

マインドフルネスのプラクティスは、私のようなブッディズムメディテーターにとっては、古来より『基本中の基本』となるメディテーションメソッドです。これから始めないと他のあらゆるメディテーションは習得できないと言われるくらい基礎基盤となり、かつ重要なメソッドでもあります。

 

デイビッドから指導を受けるようになった頃、修行の最初の10年はマインドフルネス・メディテーションだけしていなさい!とよく言われたものです。最近では他のプラクティスもしなさい!叱られますが(笑)。。

 

また、近頃は私がオープンクラスをしていると、MBSR、ブッディズム、禅やさらにはヨーガ系?などさまざまなマインドフルネスを学んでひる方たちがお見えになります。そして皆さん勉強方法はそれぞれ。本で学んだ、ワークショップへ通った、瞑想会へ参加したなどなど。

最近ではたくさん書籍もあり、ワークショップも開かれていることもあり、さまざまな場所で学べるようになったなぁと感慨深くはあるのですが、勉強量に比べて相対的に実際の練習量が足らないように見受けられることが気になっています。

 

マインドフルネスのプラクティスは、“今”に意識を置くために、呼吸を始めとした自分自身が“いま”おこなっている所作・動作を捉えて、自分の散漫な思考や感情に囚われないようにするトレーニングです。これはスポーツのように実際に行って、身体感覚でとらえる必要があります。理論を学んだだけではいつまでたっても身につけることができません。 

たとえばスキーをするのに、あらゆるスキーの指導書や運動生理学や物理学、さらにはスキーの構造や素材に関する書物を読み漁っても、一向にスキーが出来ないのと同じです。実際に滑らない限りはスキーの習得はできませんよね。

 

私の先生であるデイビッドは、“Mindfulness muscle (マインドフルネス筋)”という表現を使います。

フィットネスジムに行って筋トレを行うように、今に意識を置く力はトレーニングによってのみ培われます。そして筋トレと同様、練習をサボるとすぐにこのマインドフルネス筋は小さく弱くなります。そのため継続的なトレーニングも必要不可欠なのです。

 

パーリ語やサンスクリット語でBhavana(バーバナ)という言葉があります。これは「育てる」、「耕す」、「発展する」、「成長」するという意味で、現代語のメディテーション・プラクティスにあたる言葉です。

マインドフルネスもこの言葉のように、ある程度長期的な視野で自身の心を耕していく必要のあるものだと思います。マインドフルネス “メディテーション”なのです。

 

ゆっくり学びませんか?

 

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