翠邑日誌

 Suiyu’s Diary

榎本翠邑

元書法展会員、元太玄会会員、元瑞雲会評議員同人、

元全国書道師範連盟会員、

元東京書道教育会会員、英国ではブルネル大学ギャラリー、アルバートホール等

での展示、英国BBCテレビ「天皇」等があり、また「俳画」・「水墨」・

「書」・「花」等の書の担当での出版物があります。 

東京生まれ。
 

 

百人一首 91 後京極摂政前太政大臣

 

8月 百人一首 

91 後京極摂政前太政大臣 

 

91 後京極摂政前太政大臣

ごきょうごくせっしょう

さきのだいじょうだいじん

 

きりぎりす 鳴くや

 霜夜の さむしろに

 衣かたしき ひとりかも寝む

 

きりぎりす なくやしもよの

 さむしろに ころもかたしき

 ひとりかもねん

 

©榎本翠邑 書

 

こおろぎが鳴いてる

霜の降る夜

寒々としたむしろの上に

あなたを想って、

衣の片袖を枕にして

ひとり寂しく寝るのかなあ


この歌は1200年に後鳥羽院が

主催した「初度百首歌」で

詠んだ歌です。

 

この頃、後鳥羽院歌壇形成

を創る契機となり、後鳥羽院が

本格的に和歌に取り組み始めた

頃で、この内79首が新古今集 

に入集しています。

 

霜の降る寒い夜に、むしろの

上に衣の片袖を自分で敷いて、

独り(さびしく)

寝るのだろうか。

 

©japansuibokucentre  

 

この歌を作る直前に本妻

である一条能保の娘を

亡くしています。

 

この和歌は「恋」の部で

「秋」の部に分類されていますが

「衣かたしき一人かも寝む」

は亡き妻を恋慕う、哀悼の歌で、

1200年、本妻一条能保の娘

の死を悼んでの歌と

されています。

 

「見し夢に やがてまぎれぬ

 我が身こそ 弔はるる今日も 

まづ悲しけれ」

(新古今和歌集)

 

結ばれることのない人に

恋をしてしまった

柿本人麻呂がその人を思い

ながら、ひとりさびしく

夜を過ごす歌です。

 

 

きりぎりす鳴くや霜夜の

さむしろに衣片敷き

ひとりかも寝む
 

平安時代は女性と男性が

ともに寝る時は、お互いの

着物の袖を枕にして

敷きました。

 

©榎本翠邑 書

 

そこでこの歌のように、

自分で自分の袖を敷いて

寝るのは「わびしい独り寝」

だと読めるわけです。

 

本歌取り

 

本歌取りとは、

前からある2首の歌を土台に

作られた歌です。

下記がその2首の歌です。


「さむしろに衣かたしき

今宵もや我を待つらむ

宇治の橋姫」


(古今集)


「あしびきの山鳥の尾の

しだり尾の長々し夜を

ひとりかも寝む」
(柿本人麻呂・百人一首3番)

 

才人の貴公子

 

後京極摂政前太政大臣と 

称された九条 良経(

くじょう よしつね)は、

和歌、書道、漢詩、漢学に

稀なる才能を発揮し、

九条一族の中で家の中で

優秀な多才の貴公子でした。

 

美しい御殿で 良経は何者かに

暗殺、凄惨な死を遂げました。

 

38歳の若さでした。

 

©japansuibokucentre 

 

後京極摂政前太政大臣

 

後京極摂政前太政大臣

(ごきょうごくせっしょう

さきのだいじょうだいじん)

1169~1206

本名は藤原良経(よしつね)

九条 良経

(くじょう よしつね)は、

後京極摂政前太政大臣

(ごきょうごくせっしょう

さきのだいじょうだいじん

関白、兼実の次男で、母は 

藤原季行

(ふじわら の すえゆき)

の娘、藤原兼子 で、

良経の妻は一条能保

(いちじょう よしやす)

の娘で 源頼朝の姪に

当たります。

 

二人の間には三人の子供が

います。

 

男子、九条道家

(くじょう みちいえ)、 

男子、九条教家

(くじょう のりいえ)、

女子九条立子

(くじょう たつこ/りっし)で、

順徳天皇の中宮となって、

仲恭天皇

(ちゅうきょうてんのう)

の母となりました。

 

©japansuibokucentre 

 

 良経には四人の妻がいました。

 

妻2は従二位、松殿基房

の娘藤原寿子、

子供は男子、九条基家、

子孫は月輪家です。

 

妻3は左馬助政綱の娘で

宜秋門院女房で、

子供は男子で良尊。

 

妻4は大膳大夫信成の娘、

姓不明で子供は男子、

道慶で、養子が二人、

実弟の九条良平 また

慶政上人も良経の

子とされています。

 

1179年元服し、従五位上に

叙せられ、1185年

従三位1188年、

同母兄九条 良通

(くじょう よしみち)

が早世したため兼実の 

嫡男となりました。

 

©榎本翠邑 書

 

その後も権中納言、

正二位、権大納言と

昇進し1195年に

内大臣とな離ましたが、

翌年11月、建久七年の政変

の反兼実派の丹後局と

源通親らの反撃を受けて

父と共に朝廷から追放され、

蟄居を余儀なくされました。

 

1199年、左大臣として

政界復帰を果たし、

その後、内覧(ないらん)という

役職につき、そして

1203年土御門天皇

(つちみかどてんのう)の

摂政となり1204年には

従一位、太政大臣と

なりました。

 

しかし1206年3月7日深夜に

殺害されました。

 

享年38歳の若さでした。

 

良経の死

 

良経は新古今集の完成

の翌日、摂政太政大臣を 

辞めていました。

 

©榎本翠邑 書

 

良経は中御門京極に

壮美を極めた邸宅を建て、

新築の廷内で曲水の宴を

催すことになっていました。

 

 宴は3月3日の予定は

熊野本宮が2月に炎上したため

十二日に延期となりました。

 

3月7日未明、良経の

死体が発見されました。

 

家臣女房たちは蜂の子を

突いたように大騒ぎに

なりました。

 

使いの馬を走らせたのは

午の刻であったと

伝えられています。

 

良経の死は天井から両刃の

剣に柄をつけた、矛(ほこ)で

突き刺されたものでした。

 

天井から良経の胸を一突きして

殺害したと思われる犯人の名は

わかりませんが、ここにあげる

名前が上がっています

:菅原為長、頼実と卿二位兼子、

定家、後鳥羽院という噂が 

囁かれているとあります。

 

早熟の天才で、摂政、

太政大臣になりましたが残念な

ことに38歳で暗殺されました。

 

©japansuibokucentre 

 

歌人としての良経

九条家の才人貴公子 良経 

 

書道
若くから和歌、書道、漢詩、

漢学に堪能でした。

九条家は優秀な一族の中で

博学多才の貴公子でした。

特に書道は独特で天才的で

「後京極流」と呼ばれました。

新古今和歌集の仮名序

(かなじょ)を書き、号を

秋篠月清(あきしのげっせい)

といいました。

 

歌道

 

藤原良経は風雅の聞こえ高い

貴公子で、その家系から歌才は

保証書付きの人物で後鳥羽上皇

の信任も厚く「新古今和歌集」

の仮名序を書きました。

 

良経の祖父は百人一首

76番に登場する

法性寺忠通(ただみち)

で、叔父さんは92番

の慈円法師です。 

 

紙本墨書九条良経消息(道家装束之事

 鎌倉時代・13世紀 ©東京国立博物館

 

叔父慈円を後援、協力者

として1190年頃から

歌壇活動が顕著になり、

同年「花月百首」、

同4年頃「六百番歌合」

などを主催しています。

 

その活動は御子左家

(みこひだりけ)との強い結び

つきのもとで行われましたが、

六条家歌人との交流もあり、

この良経歌壇は、のちに

「新古今和歌集」へと新風和歌を

通して発展その後、後鳥羽院歌壇

へ移行し、良経を含む

御子左家一派は中核的な

位置を占めました。

 

1201年、和歌所設置に際して

寄人(よりうど/よりゅうど)

朝廷の官衙である和歌所筆頭

となり、「新古今和歌集」の

撰修に関係してその仮名序を

書き、自撰の家集「秋篠月清集」

(月清集)は六家集のひとつと

なっており、「後京極殿御自歌合」

、日記に「殿記」、著作に

「大間成文抄」

(おおまなりぶみしょう)

があります。

 

©japansuibokucentre 

 

そのうち良経は10代の頃の歌が 

千載集に7首載せられています。

 

新古今集では和歌所の

筆頭になり仮名序を執筆
 新古今集巻頭の歌は

良経の歌でした。


  春立つこころをよみ侍りける 

  摂政太政大臣
  みよし野は山もかすみて白雲の

ふりにし里に春は来にけり
  

 後鳥羽院口伝


  故摂政は、

  たけをむねとして、

  諸方を兼ねたりき。

 

いかにぞや見ゆる詞のなさ、

哥ごとに由あるさま、

不可思議なりき。

後鳥羽院の信頼が如何に

厚かったかが分かります。

 

1193六百番歌合

(超大規模歌合)を

良経邸で開きました。


87寂蓮と六条藤家顕昭

との「独鈷鎌首」論争

良経歌壇は主宰者として

多くの歌合を主催し、

後鳥羽院歌壇の中心人物として 

後鳥羽院に貢献したのです。

 


おしまい

 

 

ではまた、ごきげんよう。

 

ありがとうございました。

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ごこれからもよろしくお願い申し上げます。

お便りはこちらまで 上田トミ 

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ありがとうございました。

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