雲は龍に従う

 

 辰年を迎えた。『易経』の乾卦に、「雲は龍に従う」という言葉がある。「聡明な君主のもとには、必ず賢臣がいる」という意味らしい。

 架空の動物である辰(龍)が、なぜ干支に入ったのか。ワニが転じて龍になったとか、インドの教典が起源など諸説あるが、戦前に京都帝国大学総長を務めた宇宙物理学者の新城新蔵(1873~1938)が天文学から説いている。

 新城は『東洋天文学史大綱』に、「古代中国では農作業を行う暦に恒星の『大火』を用いた。大火とは、さそり座のアンタレスのこと」「殷の時代は大火を『辰』と呼び、守護神扱いした」と記している。十二支を制定する際に5番目が辰となったのは、「大火が五月の星だから」だという。さそり座は夏の星座で、赤く目立つアンタレスは農耕を始めるのに良い目安になったと想像できる。

 今の時期、夜空にアンタレスを見ることはできないが、南の空、天の川付近に輝いている。アンタレスはさそりの心臓辺りに輝く。

 中国の星座では、おとめ座、てんびん座、さそり座、いて座にかかる領域を四神獣(青龍・朱雀・白虎・玄武)の青龍に見立てており、辰の星があることから龍に置き換わっていったと思われる。

 千葉県船橋市海神に、村社・龍神社がある。西海神の鎮守で、大綿津見命を祀る。龍神は水の神の信仰に繋がり、以前は神社西側に太刀洗川が流れ、海に注いでいた。境内の池には、今でも湧水が絶えない。年末に辰年を先取りして、友人と参拝した。

 大晦日は恒例の第72回紅白歌合戦だが、ジャニーズ不在、韓国K-POP出演とあり、これと言って聞きたい歌手は見当たらない。BS-TBSの「吉田類の年またぎ酒場放浪記」を見ていた。福島県いわき市から岩手県宮古市までの海岸を北上し、酒場や酒蔵を巡る。これは結構面白かった。

 卯年も、多くの有名人が亡くなった。中でも、坂本龍一(71)と谷村新司(74)に衝撃を受けた。若すぎる旅立ち。残念である。

 年越しそばをすすり、除夜の鐘を聞きながら、かみさんと娘、3人揃って郷社・赤城神社へ初詣。例年になく温かい年越しである。参拝者も多く、御神酒と甘酒を頂く。味噌田楽は無かった。お札と破魔矢を買い、まず最初の新年行事を終えた。

 元旦は10時ごろに雑煮を食べ、社会人駅伝を見ながら、腹ごなしに12時過ぎに地元の雷神社・東福寺・観音寺・香取神社を、ノン太郎を連れて参拝する。夕方から娘が注文してくれたおせちで、ささやかに新年を祝った。

 2日は成田山詣である。箱根駅伝を見ながら、10時過ぎに出掛ける。大変な人出だ。家族4人分の厄除を買い、おみくじを引く。昨年同様吉だった。妻は小吉、娘は末吉。全員一応吉だった。大吉から凶まで、凶は一つだけだ。凶は出にくいようだ。妻は昨年凶で、あまり良い年ではなかったと言う。凶であろうが吉であろうが、おみくじは1年の戒めである。

 鰻屋の川豊は待ち時間4時間と、相変わらずの人気のようだ。昨年同様、江戸っ子寿司に入る。カウンター席にした。娘が板さんと話をしながら、あれやこれやと注文する。いつの間にやら、主導権は娘が握っていた。

 弟に鰻弁当を用意してもらい、娘の支払いで店を出た。娘も大人になった。親を追い越している。嬉しいような、寂しいような、複雑な気持ちになった。呑兵衛のかみさんは能天気にも、一番おいしかったのはひれ酒だったと、ご機嫌である。電車でうたた寝しながら、夕暮れの我が家に戻った。箱根往路は青山学院が制したと報じていた。

 3日は朝から、炬燵に入って箱根駅伝である。戦争による一時中断はあったものの、記念すべき100回大会だ。出場校は23校。大正9年(1920)の第1回大会は4校のみで争われ、「オリジナル4」と呼ばれている。

 日本マラソンの父と言われる金栗四三らが、世界に通用する選手を育てたいと提唱したのを契機に、早稲田・慶応・明治と東京高等師範学校(現筑波大)により、第1回箱根駅伝が開催された。

 1位東京高等師範、2位明治、3位早稲田、4位慶応。優勝タイムは、現在の大会記録より4時間以上遅い15時間5分16秒だった。往路は午後1時開始だったため、5区を走る頃には日が暮れ、たいまつを頼りに雪の積もる悪路を進んだとの逸話が残る。

 今季大学三大駅伝の出雲全日本選抜と全日本の2大会を、一度も先頭を譲らずに制した駒沢大が優勝候補の本命とされ、箱根も制して史上初の2季連続3冠と目されていた。

 しかし終えてみれば、青学が2年ぶり7度目の総合優勝。大会新記録10時間41分25秒の圧勝だった。原監督の「負けてたまるか大作戦」の勝利だった。

 今年のNHK大河ドラマは、千年以上も読み継がれ、世界的に知られる『源氏物語』を書いた紫式部の生涯を辿る「光る君へ」だ。権謀術数の渦巻く平安時代の貴族社会を鋭い感性で見つめ、文学の才能を発揮する史実に基づくオリジナルの物語である。

 紫式部に「まひろ」という架空の名を与え、最高権力者となる藤原道長と引かれあうも、結ばれない関係を描く。平安時代のイメージを変えられるか。興味深々でる。

 『易経』では「雲は龍に従う」というが、そんな1年であることを願う。「魚は頭から腐る」ような世であってはならない。

  

令和6年(2024)1月3日