ブラックジャックのはなし | 1年で医学部合格を目指す 四谷メディカル

1年で医学部合格を目指す 四谷メディカル

医学部受験に30年関わってきた経験から医学部受験のウラ話を紹介していこうと思います。

手塚治虫さん原作の「ブラックジャック

 

 

私の世代では誰でも知っている。

 

 

主人公のブラックジャック、本名間黒男だったかな...

 

 

もちろん、架空の人物であり、

 

 

コミック、ドラマの世界だから成り立つ神業の数々...

 

 

と、決めつけたものでもない。

 

 

ブラックジャックは、天才外科医であるが、

 

 

外科医は向き不向きがあるのは確かだが、

 

 

手先の器用さに加えて、とてつもない手術経験が、

 

 

名人、神の手などと呼ばれる医師を作るケースは少なくない。

 

 

例えば、警察病院で毎日何人もの大変な外科手術を、

 

 

何年も続けたことにより、

 

 

そうした腕を持つ外科医、形成外科医として、

 

 

一部の事情通の人たちから、

 

 

ブラックジャック

 

 

と呼ばれている医師もいる。

 

 

ところで、私の知人K君の話をする。

 

 

彼は、小さな町の医院の医師の息子として生まれた。

 

 

幼少期は、父親の背中を見て、

 

 

自分も大人になったら、

 

 

父親のような医者になって、

 

 

医院を継ごうと夢見ていた。

 

 

ところが、中学生、高校生となるにつれ、

 

 

他の職業に興味が出た。

 

 

何故かというと、

 

 

母親が看護師兼事務をやる町医者の収入は、

 

 

決して裕福ではなかったからだ。

 

 

いつもお金で苦労する両親を見ていた彼は、

 

 

もっとお金を稼げる仕事に就こうと、経済学部に進路の舵を取ったのである。

 

 

結局、志望する大学の経済学部に落ちてしまったのだが。

 

 

2浪中だった彼に、ある日父親が、こんなことを言ったそうである。

 

 

「お父さんは貧乏医者をやっているが、お前は手先も器用だから、

ブラックジャックのような外科医になって稼いだらどうだ?

こんな医院など継がなくていいから」

 

と。

 

 

色々悩んだ挙句、

 

 

彼は3浪して、医学部に入学した。

 

 

そして、ブラックジャックになるために、一生懸命勉強した。

 

 

医師になり、大学病院やいくつかの病院で、

 

 

難しい手術をたくさん経験し、

 

 

公費で留学もした。

 

 

彼は大学で教えるほどの見識と技術を持ったのである。

 

 

ところが、ある日、

 

 

彼のもとに悲報が入った。

 

 

父親が亡くなった知らせだ。

 

 

彼は父親の葬儀を済ませ、

 

 

父親の仕事場所である医院に、

 

 

医師として初めて足を踏み入れた。

 

 

そして、父親が40年以上も続けていた仕事の記録、

 

 

患者のカルテを見た。

 

 

そこには、父親の「人の傷みに寄り添う思い」が溢れていたのである。

 

 

葬儀で泣かなかった彼は、

 

 

このとき初めて、泣いたそうである。

 

 

嗚咽する彼の背中に、母親がそっと手を充て、

 

 

「お父さんはそういう人なの。だから母さんはお父さんが大好きだったのよ」

 

 

と言ったそうである。

 

 

K君は今、父親の医院を継ぎ、町医者をしている。

 

 

彼の診察室には、

 

 

尊敬する父親と、母親と少年時代の彼と3人で写っている、

 

 

額に入った写真と、

 

 

ブラックジャックのフィギアが置かれている。