生徒の方を向くのか、背中を見せるのか? | 確信犯的スーパー勘違い
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確信犯的に勘違いをしてみませんか?

 

 

頭は硬いよりも

柔らかい方がいいですね。

 

かくいうわたしは頭の硬い方でしたが、

奥さんのおかげで

ずいぶん柔らかくなってきました。

 

それは学ぶ姿勢にも表れています。

あるいは、逆に教える姿勢にも。

 

というのも、

もっとも深い学びは

教えることの中に

あるからです。

 

 

 

その意味で、

先生がどっちを向いているかというのは

おもしろい命題と言えます。

 

基本的には、善い先生は、

生徒の方を向いているものです。

 

『おしえる』という言葉は

もともと『いとおしい』を意味する

『をし』という単語から派生しました。

 

つまり、

いとおしい者に

知恵や知識を与える行為が

『おしえる』こと

なんですね。

 

 

その意味では、生徒を愛し

生徒の方に顔を向けているのは正しく、

美しい姿と言えます。

 

 

しかし、

与えてばかりいると

生徒の中には自立心が育ちません。

 

『魚を与えるのではなく

 釣り方を教えよ』

 

という格言がありますが、

それは成果としての魚を与えるのではなく

方法を伝えることの大切さを解いています。

 

また、

考えさせる必要性の指摘

とも言えますね。

 

 

 

そして、そうなると

生徒だけを見るわけではなくなります。

 

海の方も見なければならないからです。

 

 

生徒の方を向いて、

生徒に知識を伝えることも大切ですが、

 

『やってみせる』のであれば、

実は生徒と同じ方に顔を向けることに

なります。

 

結果として『背中を見せる』

ことになるわけです。

 

『先生』『先を生きる』と書きますが、

その意味では『先を歩く』というべきかも

しれません。

 

 

本当にかっこいい先生は

学ぶ姿勢を見せてくれる人です。

 

 

山本五十六さんの言葉も思い浮かびます。

 

『やってみせ 言って聞かせて させてみて

 誉めてやらねば 人は動かじ』

 

最初の『やってみせ』がポイントです。

 

 

裏返して言えば、

やってみせてくれる人は

年齢や立場に関係なく『先生』と呼べます。

 

 

若かろうが、新人だろうが、

何かを『やってみせ』てくれる人は

みんな『先生』なんですね。

 

 

そのあたりに、

日本再生の鍵があるのではないでしょうか。

 

やわらかく考えていきましょう。

 

 

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