感動経営コンサルタントへの道 1 | 確信犯的スーパー勘違い

確信犯的スーパー勘違い

夢に根拠はいりません。
特にビジネスを飛躍させる上で大切なのは
枠組みにとらわれない『スーパー勘違い』です。
確信犯的に勘違いをしてみませんか?

これから都合12回ほどにわたって

なぜ、齢(よわい)50を過ぎてから

 

ぼくが自分にとって

『まったく新しい仕事』とも言える

 

『感動経営コンサルタント』を志すに

いたったかをつづってみます。

 

 

それは、単にぼく自身の半生を

記すというだけでなく、

 

同じように、人生半ばから

新しいジャンルにチャレンジする人への

応援歌になるはずです。

 

また、若い人にとっても

『仕事』という活動を考える上で

なんらかの参考になることでしょう。

 

実際、多くの

(一説には65%とも言われる)子供たちが

 

今の時点で存在していない

新しい職業につくと言われています。

 

 

AIの進化もあり、

誰にとっても『職業を決める』ことが

 

冒険あるいは宝探しのように感じられる

時代が到来しつつあります。

 

 

その意味では、この文章の裏テーマは

『意思決定』であるとも言えます。

 

自分で決めることで

初めて

仕事は仕事としての意味をなし、

運命の歯車が動き出すからです。

 

 

 

ぼくが最初に『仕事』という活動を意識し、

なりたいと思った職業は『漫画家』でした。

 

小学4年生の時の話です。

 

それまでは、

なりたい職業というのは

考えたこと自体がありませんでした。

 

特別、野球などのスポーツにも

思い入れはなかったので、

 

よくある『野球選手』などは

一度も頭に浮かんできませんでしたね。

 

運動は好きでしたが、

けっこうインドア派でした。

 

 

きっかけは週間少年ジャンプに連載された

星野之宣さんの『ブルーシティー』

というマンガです。

 

少年誌には、

というか世の中全体としてもめずらしい

本格SFの衝撃的な作品でした。

 

 

ぼくより少し上の世代にあたる

デザイナーの先輩諸氏と呑んだ際

 

このマンガの話になって

とても盛り上がったことがあります。

 

『あれは本当にすごかったね!』

『連載が始まった時の衝撃といったら……』

と。

 

 

ただし、一般的にはあまり人気がなく

人気順で掲載されるジャンプにおいて

ほぼ常に巻末を飾っていました。

 

同世代でみた場合、ぼくの趣味は

かなり偏っていたと言えます。

 

 

 

ところで、当時

ぼくは実家の呉に住んでいました。

 

インターネットのない時代ですから

マンガ家になりたと思っても

入手できる情報はほとんどありません。

 

 

しかし、不思議なことに

 

小学校の図書館に浅野りじさんの

『まんが教室』という本があり、

 

何度もくり返しこの本を借りては

マンガの描き方を勉強しました。

 

 

ただし、

『どうやらケントという紙に

 インクとペンで描くらしい』

ということはわかっても、

 

今度はケント紙もペン先も

田舎の文房具屋にはありません。

 

そして、それ以上に

ぼくにはマンガ家に向かない

致命的な欠点がありました。

 

ー 続く ー