トム・ダウド/ いとしのレイラをミックスした男 | 鳥肌音楽 Chicken Skin Music

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昨日書いたヤング・ラスカルズ「高鳴る心」をプロデュースしていたのは

アトランティック・レコードのスタッフ・プロデューサー/エンジニアであったトム・ダウドでした

tom dowd


日本では相当の音楽好きでなければトム・ダウドの名前を知らないかと思いますが

ジャズやR&B、アメリカン・ロックが好きな人ならば

彼が携わった音楽は必ず耳にしているはずです


EX、ディジー・ガレスビー、ジョー・タナー、セロニアス・モンク、チャーリー・ミンガス

ジョン・コルトレーン、レイ・チャールズ、コースターズ、ドリフターズ、ベンEキング、

アレサ・フランクリン、ウィルソン・ピケット、クリーム、ヤング・ラスカルズ

ダスティ・スプリングフィールド、オールマン・ブラザース・バンド、エリック・クラプトン、

レイナード・スキナード、ロッド・スチュワート、ウィリー・ネルソン、プライマル・スクリーム等等


20世紀後半の音楽に最も大きな貢献を残した一人といっても良いくらいの人です

そんな偉大なトム・ダウドの再評価を呼び起こしそうな映画が間もなく公開されます


「トム・ダウド/いとしのレイラをリミックスした男」

http://www.uplink.co.jp/tom_dowd/index.php


このブログの読者であるJazzshoko さんは試写会が当たったみたいで羨ましいかぎりですが

関西でも日程はまだですが十三の第七藝術劇場で上映してくれるみたいです

気がついたら上映終わってたなんてことないよう注意しとかなきゃな


トム・ダウドの係わった作品でレコード/CDで持っているものを思いつくままあげてみます

(といってもジャズものはほとんど無いのですが)

Drifters Golden Hits
The Coasters The Ultimate Coasters
ベン・E.キング ベスト

R&Bのファンだったら絶対避けて通れない人達ですよね
アトランティックのスタッフ・エンジニアであったダウド

「渚のボードウォーク」「ラストダンスは私に」「ヤング・ブラッズ」「ヤケティヤーク」「スパニッシュ・ハーレム」

そして永遠のスタンダード「スタンド・バイ・ミー」・・・みんなダウドの手によって創られたのでした


John Coltrane My Favorite Things  1960


Jazzは門外漢の僕でも持っている傑作アルバムです

「フリー・ジャズ」といわれたコルトレーンですがダウドによると

録音前には執拗なくらいリハを重ねあらゆるアドリブを試した上で

本番に臨んでいたらしい、完璧なテクと自信があっての「フリー」なんですね


Ray Charles The Very Best of Ray Charles

ソウルの父レイ・チャールズの音作りもダウドの助けがあってのもの

映画「レイ」にも出てくるエピソードですが

「ホワット・アイ・セイ」を録音した時、アトランティック社長アーメット・アーティガンをはじめ

スタッフ皆がヒットを確信したがノリにノったレイの演奏はシングルには収まりきらない長さに

演奏時間を短くしたリテイクしかないかと思われたときダウド

「A面、B面に分けて収録しよう」という案を出し名テイクがボツになることなく

レコードに記録され大ヒットを生み出すこととなる

これってエンジニアではなく完全にプロデューサーの役割をこなしてますね


Wilson Pickett Exciting Wilson Pickett  1966

ピンクのスーツとポーズがバッチリ決まった傑作アルバム

この後69年マッスルショールズで録音された1枚のアルバム「ヘイ・ジュード」

今回の映画の副題にもなっている「いとしのレイラ」誕生へとつながっていきます


オーティス・レディング オーティス・ブルー  1966

ソウルの王 オーティスのレコーディングにもエンジニアとしてかかわっています

アトランティックのブラック・ミュージックはダウドがベースにあるってことですね


The Young Rascals The Young Rascals  1966

昨日も書きましたがレイス・レーベルであったアトランティックが初めて契約した白人バンド

まぁそれだけブラック・フィーリングを持っていたってことだと思います

このアルバムに収録された「グッド・ラヴィン」が全米1位の大ヒットとなり

グループもアトランティックも大きく成長します

「グッド・ラヴィン」は前年リリースされたオリンピックスのナンバーを気に入り

ライヴでのハイライト・ナンバーとして演奏していたものをノリ一発でスタジオ録音しました

演奏ミスもありメンバーたちには不満もあったようですが

「勢い」をかったダウドの判断によりそのままシングル・カットし大ヒット

ダウドらしいエピソードです

 Cream Disraeli Gears  1967

このアルバムの録音を手がけただけでもロックに対する貢献度はおおきいですよね

ちなみにプロデューサーはフェリックス・パッパラルディ

レココレ4月号にもありますが日本ではクリームポリドールからの発売でしたが

アメリカではアトランティックの発売ということでダウドが絡んでくるのですね

マルチ・トラックに精通したダウドにより8トラックで録音された傑作アルバム


Jerry Jeff Walker Mr. Bojangles  1968

なんかちょっと今までの作品とは毛色が違う気がしますがテキサス出身のトルバドーレ

ジェリージェフのデビュー・アルバム、大好きなアーチストの大好きな一枚です。

クレジットを見直してみるとロン・カーターがベースで参加しているようで

この辺はプロデューサー=ダウドの人脈ということなのでしょうか

「Mr.ボージャングル」「リトル・バード」「マイ・オールド・マン」など

無骨だけど暖かいジェリージェフの歌声にバーボンが進みます


 The Allman Brothers Band  1969

ダウドと最も係わりが深かったのはオールマン・ブラザーズ・バンドかもしれません

69年のデビューからダウドが亡くなるまで30年以上のつきあいになります

マッスル・ショールズでスタジオ・ミュージシャンをしていたデュアンのバンドということで

プロデュースを担当することになったのだと思いますが

デュアン以外は最初ダウドに好印象を持っていなかったとか


ウィルソン・ピケットのとこで書いた「いとしのレイラ」誕生の経緯ですが

映画のHPのバイオによるとこんな感じだったようです


>彼ら(オールマンとダウド)が、初のコラボレーション『アイドルワイルド・サウス』に取り組んでいた時のことだった。ロック史上に残る傑作アルバムが生まれるきっかけとなる電話がかかってきた。常ならぬことだったが、彼はレコーディング中に電話に出た。トム・ダウドはこう回想する。


>「バンドが演奏を終えた時、私はまだ話し中だった。

入ってきたデュアンは、電話が終わるのを待った。

私は謝った後、エリック・クラプトンのマネージャーからだったので、

出ないわけにはいかなかったと説明すると、

デュアンは、エリックのソロアルバムのタイトルや曲名を空で言い、そのうち何曲かを歌ってもみせた。

私は、エリックが8月の下旬にバンドのレコーディングでマイアミに来ることを教えてやった。

デュアンは、自分たちも同じ頃にマイアミ・ビーチでコンサートがあるので、レコーディングを見に行ってもいいかと聞いた。

ふだんの私なら、エリックのシャイさを知っていたから断っただろうが、

デュアンのような優しいやつなら、エリックも大丈夫だと思い、“もちろんさ”と私は答えた。

“街に来た時には電話してくれ”と」


>「その翌日、デュアンが電話をかけてきた。その晩に、彼らの演奏があったからだ。

私はエリックに、オールマン・ブラザーズ・バンドデュアンがスタジオに見に来たがっていることを伝えた。

エリックは目を輝かせ、


“あの、『ヘイ・ジュード』のエンディングで演奏してるやつのことかい?”と聞いてきた。


デュアンがセンセーショナルなソロを披露しているウィルソン・ピケット版のことだ。

“その通りさ”と私は答えた。エリックは彼の演奏を見たいし、会ってみたいとも言ったんだ!

私はリムジンを手配して、みんなで会場に向かった。


>「彼ら(オールマン)は最後まですばらしい演奏をした。

ショーが終わった後、私たちは楽屋で挨拶を交わし、

そしてそのままオールマン・ブラザーズ・バンドデレク&ドミノスはスタジオに戻って、

セッションをすることに決めたんだ。なんて、気ままな連中なんだ」


>「オールマン・ブラザーズのメンバーがみんなが帰ってしまっても、デュアンはまだ数日残っていた。

エリックと同様、お互いの演奏スタイルにすっかり心を動かされてしまったからだ。

ふたりは静かに話し合い、お互いの可能性に畏怖心すら抱いていた。

互いのエゴなんて、まるでどこかに吹き飛んでしまったみたいだった。

デュアンが時々参加する形で、10日間にわたるレコーディングとオーバーダビングの日々が始まった。

その99パーセントは、有名なアルバム『いとしのレイラ』にあまさず収められているよ」

デレク・アンド・ドミノス いとしのレイラ [でかジャケCD]

「いとしのレイラ」ダウドの人望が生んだアルバムと言えますね


きりがないんですが 70年代以降のアルバムは次回に続きます