用事があって病院に行った帰りの話です。
用事を済ませ、家に帰るため路面電車に乗りました。
時刻は午後4時半。
車内は満席。
とても座れそうにありません。
仕方がないので運転席の反対側へ行き、つり革につかまりました。
ふと横を見ると、20~30代の若い女性が座席の端の鉄柱につかまっていました。
女性はだっこひもで1才くらいの赤ちゃんを抱っこしています。
おそらく赤ちゃんは10キロはあるでしょう。
路面電車なので、ガタガタ揺れます。
万が一、転んだりして赤ちゃんを壁や床にぶつけたら、取り返しのつかないことになります。
なのでママさんはがんばって鉄柱につかまり立っていたのでした。
その光景を見た私は、とても悲しくなりました。
どうして、だれもママさんに席を譲ってくれないのだろう。
がんばってがんばって、やっとの思いで出産して、よしこれから育児を頑張ろうという母に対して、世間はなんて冷たいのだろうか。
なんとかしなければ。
私は自分の目の前に座っている青年に話しかけます。
黒い学ランを着た、丸坊主の学生。
スポーツバッグを持っていたから、どこかの高校の運動部員でしょうか。
「あの、すみません。席を譲っていただけませんか」
青年は無視しやがりました。
「あの、すみません!」
「すみません!」
何度も呼びかけますが、青年は何の反応もしてくれません。
よく見ると、青年はスマホにつないだイヤホンを耳につけています。
そして、スマホを横向きにもって、両手の親指で画面をせわしくタップしています。
当然、視線は常に手元のスマホ。
どうやら、青年はスマホでゲームをしているようです。
もうラチがあかない。
ほかの人に頼もうと車内を見回します、
すると、
電車に乗っている乗客全員、男性も女性も、老人も若者も、みんなスマホを持っています。
みんな視線は下方向、手元を見つめていました。
ああそうか、そういうことか。
みんな下を向いているから、赤ちゃんを抱っこしたママさんが乗ったことにも気づいていないんだ。
みんなスマホに夢中だから、ママさんが困っていようが関心がないんだ。
だから、ママさんが困っていることに、運転手を含めた私以外の全員が気づいていないんだ。
そういう残酷な現実を感じた時、私は目の前が真っ暗になりました。
気づいたら公園のベンチに座り、ぼうっと夕暮れの空を眺めていました。
私は困っているママさんを助けられない、弱虫で臆病な人間なんだ・・・。
もっと思いやりの心がある社会になってほしいです・・・。