【随筆】写真の思い出 | シュガー・ドラゴンのブログ

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 その写真は、どこから見つけたのだろう。母の葬儀を終えて、しばらく経ってからのことだったと思う。衣服や貴金属など、持ち物の多い人だったが、父はもちろん男兄弟には無用であったし、私の妻もあまり華美な性質ではないものだから、その辺りの物は、形見分けとして、親戚に引き取ってもらった。母にまつわる品々が、残り段ボール一箱分となり、古いレコード盤や、小説、アルバム等であった。実家を出てから、もう何年も帰っていないので、今となっては、その段ボールの所在は分かるはずもないのだが、忘れられずにいる写真は、そこから見つけた物だったはずだ。
 もしかしたら、色がついていたかもしれないが、私の記憶の中ではモノクロ写真で、天気の良さそうな公園かどこかで、母は笑っていた。時代を感じさせる裾の拡がったジーンズに、スニーカー。腰の辺りで後ろ手に組み、片方の踵を上げて、身体を緩やかな「く」の字に曲げていた。まるで当時のアイドルが、ブロマイド撮影でもしているかのような、派手なことが好きだったから、案外その気になって、撮られていたのかもしれない。
 私はその写真が、妙に気になり、見つけてから、しげしげと眺めてしまっていた。当たり前の話だが、母は私が生まれてから、ずっと母であった。だが、写真の中の母は、まだ母になる前の母で、彼女の青春時代を思わせた。撮影したのは、きっと恋人だったのだろう、彼女の笑顔が、それを物語っていた。もしかしたら、私の実の父なのかもしれない。私を生んでから、離婚を経験した母は、私を引き取り、今の父と再婚した。まだ私が言葉を話せるようになるかどうかの頃で、実の父については面影すら、残っていない。
 母も私と同じように恋をして、子供を授かった。楽しいことも、悲しいこともあったのだろう。喜怒哀楽が激しくて、怒る時は布団叩きで尻を打たれたし、笑う時は腹の底から笑って、旨いメシをこれでもかと拵えてくれた。私の中に刷り込まれた、揺るぎないそんな母の印象が、彼女の青春を想起させる一枚の写真で、なんとも奇妙な、親近感というか、仲間意識というか、今までに覚えたことのない、愛おしさを感じさせた。酒のせいで体を悪くしたから、最後の方は飲むな飲むなと、随分たしなめていたが、今となっては、その辺りの話を、酒でも飲みながら聞いてみたい。柄にもなく、こんなことを書いてしまったが、またには、こんな日曜日も、悪くはない。


(終)