【朝日捏造】吉田証言だけではなく吉田調書にも捏造 | みいさんを監視するブログ・・扶桑建工社員のしばき隊活動ヲチ記録

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日本のメディア“偽善”と“すり替え”の罪

昨日7月9日は、福島第一原発(1F)の元所長、吉田昌郎氏が亡くなって丸1年、すなわち「一周忌」だった。ちょうどこの日、『週刊朝日』の元編集長で、朝日新聞元編集委員でもある川村二郎さんと私との対談記事が『Voice』に掲載され、発売になった。

対談の中身は、例の「吉田調書」である。政府事故調によって28時間にわたって聴取され、記録されたという「吉田調書」なるものを朝日新聞が報道して、1か月半が経った。

それによって朝日新聞は「福島第一原発の所員の9割が所長命令に“背いて”福島第二に撤退した」という、事実とは真逆のことを書いた。私がこれに異を唱えて朝日との間で問題になっているのは当ブログでも書いてきた通りである。

この問題について、『Voice』誌に依頼され、私にとっては雑誌業界の大先輩である川村さんとの対談をさせてもらったのだ。題して、「吉田調書を公開せよ」。つまり、それは、「朝日新聞は責任をもって『吉田調書』の全文を公開せよ」という内容の対談となった。

私は、吉田さんや汚染された原子炉建屋に突入を繰り返した1Fのプラントエンジニアたち、あるいは当時の菅直人総理や班目春樹・原子力安全委員会委員長ら、100名近くの当事者を取材し、その実名証言をもとに『死の淵を見た男』を上梓した。2012年11月のことである。

私が描かせてもらった1Fのプラントエンジニアたちは、多くが地元・福島の浜通りの出身だった。つまり、地元の高校、工業高校、そして高専などの出身者である。

地震から5日目の3月15日、2号機の圧力が上昇して最大の危機を迎えた時、総務、人事、広報など、女性社員を含む多くの事務系職員たちを中心に、600名以上が吉田所長の命令によって福島第二原発(2F)に一時退避する。

この時、1Fには、彼らのような多くの“非戦闘員”たちが残っていたのである。フクシマ・フィフティ(実際には「69人」)を残したこの600人以上の退避を、朝日新聞は、所長命令に「背いて」、「9割」の人間が「撤退した」というのである。朝日の報道を受けて、外国メディアが、「日本人もあの現場から逃げ去っていた」と大々的に報じたのは、周知の通りだ。

私は、朝日新聞には、本当に『吉田調書』を公開して欲しい、と思う。菅直人政権下の政府事故調によって非公開とされた『吉田調書』。しかし、これほど真実とかけ離れたかたちで調書が朝日新聞に利用され、極限の現場で奮闘した吉田氏と部下たちが貶められた以上、このままであってはならないと思う。

朝日新聞の報道によって、現場の必死の闘いは、外国から「あざ笑われるようなもの」となった。貶められた1Fの現場の人間たちも、是非、朝日には「吉田調書」を公開してもらいたいだろう。何をもって自分たちが「所長命令に背いて逃げた」と言われなければならないのか。その根拠とは何なのか。そして朝日が伝えたい“現場の真実”とは一体、どんなものなのか。そのことを確かめたいに違いない。

実際に、私のもとにはそういう現場の声が多数、寄せられている。朝日新聞には「吉田調書」の全文公開をなんとしてもお願いしたいと思う。そして、いかに事実とは真逆のことを朝日が書いたのか、多方面のジャーナリズムの検証を受けて欲しいと思う。
(以下略、詳しくはリンク元参照)