一つ良い知らせが入りました。
親父の従兄で、私がちいさい頃親同然にしてくれた人がいました。
高齢で80歳を超えてる上に、
10年ぐらい前、骨肉腫で、左足切断しなければならないぐらい、大きく骨と肉を削り取って
運良く切断に至らなかった人で、それでも70歳頃は、体力も筋力もあったから、
今ほど不自由ではなかったのですが、段々と、不自由になってきました。
躓かないように気をつけて歩くからだろうけど、健常者の1/3ぐらいの歩みでしょうか。
妻は何回かくも膜下出血で入院手術した人で、75となった今は、
半身麻痺状態で、10mの距離を進むのも、30分ぐらいかかる状態でした。
そんな老齢の2人は、マンションの1Fに住んでいました。
地震が発生した当日、重要港湾だからなのか、
NHKの無人カメラが海上保安庁の建物にでも据え付けられているのか、
そのカメラの映像を流し始めました。
そのオジオバは、そんな場所から歩いて数分の距離のところにあるマンションに住んでいます。
津波が押し寄せて3F以上高さのある建物がみるみる飲み込まれる様子を
会社で見てしまって、理性では、こんなオジオバが逃げおおせた可能性は低いと考えていました。
ただ、弟とはちがって、なぜか逃げていそうな気もしていたのです。
そのオジは(親父の従兄)は若い頃は185以上ある大男で、ヤンチャで大分ならした人で
米俵3俵(180kg)も担ぐ程の力の持ち主だったと聞いています。
両手に俵を持ち(2俵)、首を傾けて肩に1俵のせて3俵運んだんだそうです。
そんなオジですから、火事場のバカ力だせば、どうにか大丈夫じゃないかと。
そんなオジですが、自分の身体の衰えは十二分に認識していて、
また、昔の大津波も経験しているので、
何かがあって逃げなければならないとき、オバを担いで車にのせて、逃げた先で
暖がとれるように、自動車のガソリンだけは、毎日給油する程の人でした。
津波の映像LIVEをみたときは、そんな努力も無駄だったかなって思ったのですが、
生き延びていました。
そのオジのイトコのイトコの孫? まぁわかりませんが、
ちいさい頃から、私を慕ってくれていた女の子がいるのですが、
先ほど連絡があり、生き延びていたと。
国道が復旧して、避難者が明らかになって、分かったことでした。
車で数分の距離の山の上にある市の施設ににげたとの事でした。
そのオジは、弟が交通事故で3ヶ月入院したときも、
くも膜下出血で半年入院したときも、毎日、私の母が看病で
通院できるように、車をだして送り迎えしてくれた人なので、
私だけじゃなく、家族にとっても大恩人なのです。
本当によかった。そんなオジが、弟の死を聞いたら
どんなに悲しむか。私や母以上に悲しむかもしれません...
しかし良かった。
オバの親族がいる場所は、また、浜辺なので、安否はまだ不明ですが、
良い人達には良い事がありますように...