何を感じたかとか
そんなのとに
首を突っ込む必要もないんだけど
なんか、自分でも底意地悪いなって
おもうんだけど、
本当に?って思う事が多々ある。
特に老衰でなくなったとかじゃなく
本人が苦しんでいるときなど
それの日記は何のために書くのだろうと考えたとき、
足跡を残したいため。何かを残したいためだろうと
思うのです。
そんなとき、果たして本心を書くだろうか?
本心とは難しいけど、そのときの気持ちを
書くだろうか?
書かないと思うんだな。
書くことで、心が少し楽になるってことは
あるのは認める。
しかし、物語をつくり、その世界に浸り
そこで、苦しさを逃れる。そんなことの方が
人間はしやすいし、逃げ道に逃げ込もうとする。
って思っている。
行く先を恐がりもせず、
しかし、まだ今にすがりつきたい
そういう気持ちもあるだろうとは思う。
行く先を恐がりもせず、今も受け入れる
そんな人は本当に滅多にいない。
だからこそ、緩和治療というのがある。
痛み苦しみのみを取るという治療。
やっぱり底意地が悪いんだろうな^^