映画「カンタティモール」より  | 『人を幸せにする魔法の食卓』美味しんぼ nami

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「僕らは間違いをおかす。 大地は許してくれる。」

映画「カンタティモール」の冒頭に出てくる言葉です。
インドネシアの東南側
東ティモールという国の独立までの道のりを、ティモールの人々のメッセージを伝えたドキュメンタリー映画を鑑賞しました。2度目です。

東ティモールの人々は独立を問うた国民投票の直後に国土の半分を焼き払われました。
27年にわたる弾圧で、人口の1/3が殺されました。

日本人の監督がインタビューすると現地の人々はいいます。

「広島、長崎とティモールは同じ。全てが焼き払われた。この事実を世界に伝えなければならない。」

しかし、この映画で、東ティモールがなぜ他の国に統治されないといけないのかを伝えていました。
それは、近隣の海にある埋蔵資源をめぐって、先進国 日本・アメリカ が反対していたから。そして、日本はティモールを弾圧しているインドネシアに資金提供していたとも伝えていました。

2002年に独立ですから、私たちの税金が投入されていたのです。

ティモールの人々は

「ぼく達は間違いを犯す。大地は許してくれる。」
「兵士はただ命令されているだけ、強い力に命令されているだけ」といい、日本人を責めることはしませんでした。

私はアメリに留学したことがあります。シアトルに。湾岸戦争の時でした。
シアトルでは日本字は珍しくありませんが、私がホームステイしていたところは、まったくといっていいほど日本人の姿はありませんでした。

そこで、
「日本人は許せない。」
「なぜ戦わないんだ。」
「資金だけを投入すればいいというわけではない。アメリカ兵は命をはって正義のために戦っているんだ。」とかなり険悪なムードで言われたことがあります。

中国にいる時も
大連では日本人が立入ってはいけない場所がありました。

やはり、人種や国籍が違うと交われないのだという経験があります。

しかし、ティモールの人は「大地が父母。みんな兄弟。」
誰のせいでもない。上の人がそうさせているだけ。
人は小さな命を無視するあやまちを犯す。
って言うんです。国民みんなが!!

やられた、やり返す、責めるでもなく、誰しも過ちは犯す。そして大地は許してくれる。って悲しみはあるけど、怒りはないって。

私は日本に生まれて、何不自由ない暮らしをしてきました。人の死においても、おじいちゃんおばあちゃんが天命を全うしてなくなったのを見届けただけ。

大切な人が目の前で殺されるという経験はないです。

そんな経験をした人が、大切な人を殺したのは上の命令だからって、そんな風に人を許せるだろうか。

これは、起こった事象は違うけれど私たちの日常でも起こっているんだと思いませんか?

例えば、何か大きな権力のもとで言われたからそれが当たり前ってしている事ありませんか?
当たり前ってしている事が本当は誰かの犠牲の上に成り立っていて、知らないから許されるって思っている事です。

例えば、コーヒー豆やカカオやコットン。
奴隷制の上に成り立ってきた産業ですね。今だに奴隷制とほぼ変わらない状況で働いている人がいるって知らないです。そして当たり前のようにコーヒーやチョコ、安価なお洋服を選んでいる。

その事が人の人生を狂わせているっていう可能性すら考えない。これは、東ティモールを弾圧している近隣諸国や先進国と何ら変わらない行動です。

もっと言えば、予防接種や理不尽とも思える投薬。医療の分野でも、利害や権力が同意をつくっていて、私たちに当たり前のことだからといって享受させている。

政策や補助という名のもとに体に有害なものでさえ、生活の質が向上するという名目で広められている。

カラダに有害だというのに、添加物や薬品が食品や洗剤などに合法的に入れられている。

全部知らないうちに私たちが生活に取り入れ、大きな力のもとで当たり前なものとして提供されているものを何の知識も考えもなく手に取っている。

これは、上の命令だというだけで同じ人間を当たり前のように殺害しているのと起こっていることは同じ現象です。

自分自身が知ること考えることで、自分に必要なものを手に取ることができるのに、同意と総意という大きな力に巻かれているんです。

人の命に直接的にかかわらないかもしれない事柄かもしれないけれど、大げさかもしれないけれど、東ティモールの人々を弾圧している兵士と同じ行動をとっているのだと映画を見て感じました。もっとよく知って、自分の意志で選ぼうと。

自分の意志はみんなが幸せに日々の生活を暮しているという事が基準です。人の幸せを基準に全てのものを選ぼう。そうすることが、東ティモールの人を弾圧から遠ざけるし、知らない土地で奴隷同然に扱われている人を助けることができる、唯一の方法です。

一人一人が、人はみな兄弟であり、地球が父母であると思える時、地球上から争いがなくなり本当の幸せが訪れるのだと思います。

知ること
選ぶこと
人を想うこと
自然と共存すること

これが日常を暮らすことであり、次の世代を担う子ども達に残したい世界です。

最後に映画「カンタティモール」でメッセージとして伝えられていた言葉は

「大地を敬い、神々と暮らしなさい。そうすれば人々は繋がりあえる。」
「同じ一つの自然に生かされている。父と母、そして一人の兄弟」それが私たちです。

「平和とは暮らしそのもの」
暮らしそのものを豊かに、同じ一つの自然に生かされている人みんなが平和に暮らせることを意図して行こうと思える映画でした。

自主上演会をしたい!
皆さんに見てもらいたい!知ってもらいたい!

そう考えています。
少し先になりますが、皆さんの必ずお届けしますね。

乞うご期待!




■読んでくださってありがとうございます(。-人-。)■