童話『新ちから姫』

 

第27話 中国舞踊の魅力

     

             

 中国の魅力を語るにあたり、私は憧れのチャイナドレスのことを調べた。やはり私の中国の美人イメージは、チャイナドレスを着飾った女性像なのである。

 チャイナドレスといえば、詰襟で横に深いスリットが入った、女性が着るボディコンシャスなワンピース。これを八頭身スタイルの美人が着こなす。想像しただけで中華バンザイになる。

 ところがところが、チャイナドレスについて大変な誤解に気づいた。チャイナドレスはてっきり中国を代表する民族衣装と思い気や、そうではないのである。厳密に言えば中国人の主体である漢民族の民族服では無く、「満洲人の民族衣装に西洋の要素を融合した服」である。

そもそも日本語のチャイナドレスというのは和製英語であり、英語ではMandarin gown(マンダリンガウン)、Mandarin dress(マンダリンドレス)という。

「中国の民族衣装はチャイナドレス」というのは一般的な日本人の考えだが、現在の中国において最多数派の民族は漢民族であり、チャイナドレスは「漢民族の民族衣装」では無いどころか、「中国の伝統的な衣装」ですら無い。チャイナドレスは満州人の貴族の衣装「旗装」をモデルに改良して、20世紀以降西洋の服の製法を吸収し、定着したものである。満州人とは、中国最後の王朝である清王朝において支配者であった民族である「最後の中華王朝の衣装であるから、中国を代表する民族服装」のイメージが強いとは言える。この状況を反映して、日本人が「中国人っぽいキャラ」をデザインする時や、単純に「中国の人・事・物・文化」さらに「中国そのもの」を紹介する時の衣装として、歴史の短いチャイナドレスが逆に定番となってしまっているのだ。

 民族衣装ひとつとっても、こんな状態だから、中国舞踊なんて捉えどころがないかもしれないなー。心配だー!

 

 そう言いながらも、博識のユイリィに説明してもらおう。

 中国舞踊は何ですか?と聞かれると、今の人でも“京劇、雑技”と答える人は多い。知っている人は本当に少ない。

 雑技については既に説明しているので、ここでは参考まで京劇のことを簡単に触れておこう。京劇は、日本でいえば歌舞伎にあたる中国の伝統演劇です。英語ではペキン・オペラ(Peking Opera)といいます。歌あり鳴り物ありのにぎやかな芝居です。京劇は18世紀の末、北京で生まれました。芝居の内容は、中国近代史の激動の世相を反映して、歴史ものや戦争ものが多い。観客層も庶民から皇帝までと幅広いものでした。西太后、博儀、毛沢東、周恩来らも、京劇の熱心なファンでした。お祭り感覚の大衆演劇だと思ってもらえばいい。なお、昔の日本語では京劇を「ケイゲキ」と読みましたが、60年代ごろから「キョウゲキ」と読むようになりました。

 では、中国舞踊は何か? 

 歴史の新しい京劇に比べ、中国舞踊は五千年の歴史を持つとされる。桁違いなのだ!

中国舞踊は大きく、中国古典舞踊中国民族民間舞踊に分類される。

中国は多くの少数民族からなる。漢民族以外でも、およそ五十五の少数民族に舞踊が伝承されている。中国民族民間舞踊は漢民族、モンゴル族、チベット族、ウィグル族、朝鮮族、タイ族、ミオ族などの舞踊で自然への感謝、崇拝の心から生れた。伝統文化を表現、歴史の流れに沿って形を変えて発展してきた。

ここでは、中国古典舞踊に絞って話を進める。

中国古典舞踊の元は古代の伝統宮廷舞踊が発展した。最初の宮廷舞踊は紀元前21世紀の夏王朝から始まった。宮廷舞踊の最隆盛期は政治が安定し、文化の文流が盛んな唐代である。

 古代の有名な舞踊家、舞姫はたくさんいた。よく知られるのは漢代の趙飛燕で、彼女の身体が燕のように軽く、気を用いるのに長じ、舞い姿は軽快かつ優美で、技巧にも優れ、小走りに走っても手に持った花の枝がほとんど揺れ動かないほど巧みであった。唐代の唐玄宗皇帝の寵愛、楊貴妃(楊玉環)は、“霓裳羽之舞”という舞踊を作った。衣装は華麗かつ優雅であった。孔雀の緑色の羽衣、薄いブルーのスカート、肩に薄いショール頭には歩く度に揺れる「歩揺冠」さらに様々な宝石で飾られていたと言う。

 

 

 ちから姫たちは早速、中国古典舞踊を拝見した。そして、その優雅な美しさに圧倒された。

踊っている舞姫は天女のようだった。踊っている男性は武術の達人のようだった。まさに、そこには五千年の歴史が凝縮された美しさがあった。

 そう、中国古典舞踊は、五千年にわたる中国文化が築き上げた芸術体系の中の一つであり、身体を通じて表現する芸術形式なのです。

「われわれが追い求めてきた真の美しさのひとつが、間違いなくこの中国古典舞踊にある!」とアゲハッチョたちは呟いた。時間の妖精タイムが云う‘美しき時間の花’であった。美しいもののみが人を感動させる。まさに本物の美しさであった。

 

ちから姫たちは、その中国古典舞踊の魅力を口々に論じた。

みんなの意見が一致したのはその‘しなやかさ’であった。

しなやかさという点では、先にバレエ団に会って観たバレエにも同じように‘しなやかさ’があった。只今バレエに夢中になっているノノッカが、中国古典舞踊とバレエとの違いを話し出した。

最初に気づいたのは、動きの違い。

まず「回転」の方法が違う。バレエでは、体の軸と床が垂直になるよう直立して回転する。それに対し、中国古典舞踊では、体の上半身を前に倒すので、複数の断面で回転することになる。

 もう一つは、中国古典舞踊の「宙返り」。バレエなど他の踊りにはない。この宙返りにみんなは思わず息を飲んだ。実はこれらの難しい宙返りは、中国古典舞踊を起源とし、数千年の歴史を持ちます。数十年前に、中国の体操選手がこれらの中国古典舞踊の動きを取り入れ、オリンピックで披露し世界を驚かせた。

 

 アゲハッチョはここに西洋人と東洋人の根本的な違いを感じた。

 西洋人はバレエを見て分かるように‘直線の美しさ’を求める。これに対して、東洋人は‘丸みの美しさ’を求める。そのため同じ‘しなやかさ’と言っても受ける印象が全然違うのである。

これはそれぞれの生活習慣を反映している。たとえば、相手と話したいと思ったら、西洋人はまっすぐその人に向かって進んで行く。ところが、東洋人はまっすぐ向かっていくのは失礼と考え、円を描きながら近づいていく。時には人伝えで回りくどい方法までとる(笑)。それが生活習慣であり文化なのである。

 その違いが踊りを通して伝わってくる。中国古典舞踊では円状の動きが全ての基本要素となっている。

 

 また、その違いは踊っているダンサーの体つきにも表れる。

 バレエも中国古典舞踊も共通して、ダンサーは卓越した体力を備え、細身で、人間とは思えない柔軟性を持ち、筋肉をコントロールできる。しかし、鍛錬のスタイルの違いがダンサーの体つきに違いをもたらす。つまり、中国古典舞踊とバレエでは筋肉の使い方が異なる。

 バレエは身体構造を基に、バレエに必要な筋肉を発達させていく。ところが、中国古典舞踊は日常使っている筋肉を使うので、特別に筋肉を発達させる必要はない。歩いたり、走ったり、バスケットをしたりする時などに使う筋肉を使う。そのため、中国古典舞踊のダンサーが道を歩いているのを見ると、姿勢が良く、足取りが優雅で健康そうな人だ、という印象を受ける。

 

 次に、具体的な中国古典舞踊の練習・訓練について述べよう。

 中国古典舞踊のトレーニングは主に、技巧、身法、身韻の三つの要素から構成されます。

技巧」はバレエにもありますが、中国古典舞踊の「技巧」は大変高度である。先に述べた回転や宙返りのように。

身法」は中国古典舞踊ならではで、数多くの動作や身のこなしの体系を指します。

 そして、最も重要な構成要素は「身韻」。「韻」は動作の背後にある内面的な情感であり、踊り手の呼吸や心の状態と深くつながり、独自の個性を反映します。

 

 これに対し、バレエのトレーニングは言うまでもなく、足さばきから始まる。脚と中核となる筋肉を鍛えた後、手の動き、ポワント(つま先立ち)、ペアを組んだ動作を経て、最後にバレエの高度な技術へと進む。

 このように、バレエと中国古典舞踊を比較することで、改めて中国古典舞踊の技法の幅広さと難易度に気づかされることになる。

 

 アゲハッチョは更に付け加えた。

「バレエも中国古典舞踊も、どちらもすばらしいが、やはり歴史の重さが違うね。バレエの起源は15世紀のイタリアのルネサンスに遡り、その百年後にフランスのルイ14世によって系統化されたわけだが、まだ数百年の歴史しかない。それに対し、中国古典舞踊は中国五千年の文明に根差している。幾世代にもわたり踏襲されてきた古代の宮廷での舞踊や大大受け継がれてきた民間舞踊に遡る。やはり時間の厚みが違うなと実感する。」

 バレエも中国古典舞踊も、どちらも時の妖精タイムが云う美しい‘時間の花’であることは間違いないが、その美しさの深みが違うわけだ。

「私が感ずる一番の違いは、中国古典舞踊が武道と特に関連が強いことだ。バレエにはそれが全くない。中国古典舞踊と武道は、同じような才能を持ちながら別々の道に進んだ兄弟のような感じと言える。私は若い時に武道を追い求めてきたから、そのことが特に実感される。

 中国は民族が多いため古代から争いの歴史を繰り返してきた。春秋戦国史や三国志は特に有名だ。この大きな国土を統一するための武力たるや並大抵のものではない。武力は高い地位を得ていた。そのため、古代中国では、宮廷での壮麗な儀式に将軍たちが皇帝の前で演武を披露した。戦場で用いる武道の動きが、こうして舞踊という芸術へと発展したわけだ。

 槍をかわすための動きはバク転となった。あらゆるところから同時に襲撃されたときに自分を守る身のこなしは「掃堂」と呼ばれる舞踊の動作となっている。まさしく、武道の闘いで用いる技法が儀式で披露され、それが舞踏になったのです。だから、中国語では舞踊の『舞』も武道の『武』も『ウー』という同じ発音で、起源が同じことが分かります。」

 

 ノノッカもアゲハッチョも、比較しながらも、だから中国古典舞踊の方が優れていると言っているわけではありません。どちらも素晴らしいのです。比較することでより素晴らしさが分かるのです。

 それにしても、中国は奥が深い。魅力に満ち溢れた国です。ちから姫一同は口々に絶賛した。

 それを聞いていたユイリィが一人ため息をついた。

「ほんと中国は昔から周辺の国々にとって絶対的な兄貴分として尊敬されてきた。中国古典舞踊や中国雑技の芸術ひとつとっても納得する。

 それなのに、現代の共産党支配になると、文化大革命で大切な文化や芸術を破壊してしまった。これだけ広大な領地を持っているのに周辺諸国と領土争いが絶えない。情けないったらありゃしない。とても大人の所業とは思えない。

 早く以前のように尊敬されるべき中国に戻ってほしいものだわ。」

 

                                    おしまい