「お母さんが会いたい」について | ボラとも先生のブログ

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このブログは日本語ボランティアを始めた人、やっている人が疑問に感じたこと(特に文法など)について説明するために作りました。

ラQ208:「水を飲みたい」と「水が飲みたい」の違いについて質問があります。先日、この2つがどう違うのかと聞かれて、どちらでもほとんど同じ意味だと言ったのですが、そのあとで、「ホームシックでお母さんが会いたい」と言われました。この場合はお母さんに会いたい」と「お母さんが会いたい」では意味が違うと思いますが、なぜこの場合は違うのでしょうか。

 

ボラとも先生A208: 「水を飲みたい」と「水が飲みたい」は意味的にはほとんど同じなので、「が」と「を」のどちらを使ってもいいと教える教科書が多いと思います。たとえば『げんきⅠ 第2版』(p.254)には次のような例文(①)と説明(②)があります。

 

①A)今度の週末は、映画を見たいです。 or 映画が見たいです。

B)I want to see a film this weekend.

 

動詞に「たい」が付くと、文の構成がわずかに変わる。助詞「を」を取る動詞に「たい」が付くと、助詞は「を」か「が」のどちらかになるが、「を」以外の助詞を取る動詞では助詞は変わらない。

 

つまり、助詞「を」を取る動詞「~を見る」の場合、「たい」を付けて「見たい」になると、「~を見たい」でも「~が見たい」でもどちらでもいいと言っているわけですから、「~を飲む」の場合も「水を飲みたい」(③A)でも「水が飲みたい」(③B)でもどちらでもいいことになります。

 

③A)水を飲みたい。

B)水が飲みたい。

 

しかし、英語のseeは「見る」以外にも「会う」という意味もあります。ちなみに、meetは「はじめて会う」とか「特定の場所や時間に会う」という意味ですから、「お母さんに会いたい」という場合は、meet ではなく、seeを使うほうがふつうです。

 

④A)お母さんに会いたい。

B)I want to see my mother.

 

それに対して、日本語の「見る」と「会う」の違いは、視界に入ったものを(一方的に)認識するのが「見る」であり、お互いに認識し合ってはじめて「会う」を使うことになりますから、⑤A)は先生に挨拶もしなかった可能性が高いけれど、⑤B)は少なくともお互いに会釈ぐらいはしたと考えられます。

 

⑤A)「新宿で偶然、うちの学校の先生を見た。」

B)「新宿で偶然、うちの学校の先生に会った。」

 

たとえば、アイドル(グループ)のコンサートに行くことをファンの人は⑥A)「~を見に行く」ではなく、⑥B)「~に会いに行く」と言うそうですが、ファンの心理が表れているおもしろい例です。

 

⑥A)BTSを見に行く。

B)BTSに会いに行く。

 

さて、④A)「お母さんに会いたい」(以下に再掲)と以下の④C)「お母さんが会いたい」の意味の違いにもどりますが、②の説明によると、「を」を「が」に変えることができるのは助詞「を」を取る動詞の場合だけであり、それ以外の場合は助詞が変わることはない、と書かれています。

 

④A)お母さんに会いたい。

C)お母さんが会いたい。

 

つまり、「会う」という動詞は「に」または「と」という助詞を取り、「を」を取ることはありませんから、④A)の「~に会う」を④C)の「~が会いたい」に変えることはできないことになります。

 

しかし、そうなると、④C)はどういう意味になるのでしょうか。

 

④A)と④C)だけを見ると、④A)は子供が母親に会いたがっていて、④C)は母親が子供に会いたがっているという意味だと考えるのがふつうですが、実は、「~たい」という表現の基本的な意味としては「話し手の願望」を表し、「それ以外の第三者の願望」は表すことができないという制限があります。

 

この点に関する詳しい説明は以前の記事(No.174:「~がる」と感情形容詞について)をご参照ください。

 

つまり、④A)の意味として、(話し手である)子供が母親に会いたいと言っているのは問題ないのですが、④C)は母親が子供に会いたがっているという意味にするためには、④C)の「お母さん」が自称である、つまり「私」の代わりに親族名称を使っていると考えるか、そうでなければ、「ほかの人ではなくお母さんが」という強調(文法用語では「総記」)を表していると考える必要があります。

 

そういう場合以外は、④C)だけでは日本語としてはおかしいと感じる人が多くなるため、次の⑤A)~⑤F)のように語尾を変える必要が出てきます。

 

⑤A)お母さんが会いたがっている。(様子)

B)お母さんが会いたいみたいだ。(様子)

C)お母さんが会いたいようだ。(様態)

D)お母さんが会いたいらしい。(様態)

E)お母さんが会いたいんだって。(伝聞)

F)お母さんが会いたいそうだ。(伝聞)

 

ここまでの説明だけでも初級レベルの人にはかなり難しいと思いますが、『日本語類義表現の文法(上)』(くろしお出版、1995)のなかの論文「ガ~シタイとヲ~シタイー直接目的語の格表示のゆれ―」(pp.53-61)を見ると、「~が…したい」と「~を…したい」はいつでも置き換えられるとは限らないということが書いてあります。

 

この論文の趣旨をまとめると次のようになります。

 

⑥基本的な形式は「~を…たい」であり、これを「~が…たい」に変えることができる。

 

ただし、次のような場合は「~が…たい」に変えにくいか変えることができない。

A)「空を飛びたい」/「空が飛びたい」(×)のように目的語を表さない「を」の場合

B)「気を付けたい」/「気が付けたい」(×)のような熟語的な表現の場合

C)「本を読みたい」/「本が読んでいたい」(×)のような複合動詞の場合

D)「本を購買したい」/「本が購買したい」(?)のように動詞が「漢語+する」の場合

E)「あいつを殺したい」/「あいつが殺したい」(×)のように他動的な性質が強い動詞の場合

F)「本を一人でゆっくり読みたい」/「本が一人でゆっくり読みたい」(?)のように「を」と動詞の間にほかの要素がある場合

 

以前の記事(No32:「~を好きだ」が使われる理由について)の最後のほうに書いておいた次の図式も知っていると、説明するときには便利です。

 

⑧A)「飲みたい」が形容詞:「水が【飲む+たい】」→「水が飲みたい」

B)「水を飲む」全体が形容詞:「【水を飲む】+たい」→「水を飲みたい」

 

最後に次の例文を見てください。「~に会う」と「~を見る」の助詞の違いと意味の違いがよくわかると思います。

 

⑨A)お母さんに会いたい。

B)お母さんが会いたい。(≠⑨A)

 

⑩A)親の顔を見てみたい。

親の顔が見てみたい。(=⑩A)