「なければならない」と「ないといけない」について | ボラとも先生のブログ
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このブログは日本語ボランティアを始めた人、やっている人が疑問に感じたこと(特に文法など)について説明するために作りました。

ボラQ91:教科書に義務を表す表現が2つ出てきました。①「なければならない」と②「ないといけない」ですが、この2つの表現を比べると①はナイ形の仮定形(バ形)なのに、②は「ナイ形+と」なので、②のほうが簡単です。もし、①と②が交換可能(意味が同じ)なら、覚えるのも教えるのも簡単な②のほうがいいと思うのですが、どうして教科書では②をカッコに入れ、主として①を教えることになっているのですか。

①パスポートを見せなければなりません。

②パスポートを見せないといけません。

ボラとも先生A91:確かに①と②が完全に入れ替え可能であればおっしゃる通りですが、実はわずかですが、違いがあります。意味の違いというよりは、文体の違いのほうが大きいのですが、簡単に言えば、①のほうが書き言葉的で、②は話し言葉的だという違いがまずあります。おそらく上記のように正式な場合は①の表現のほうがよく使われ、②はあまり使われないと思います。

少なくとも私の感覚では、①は税関の規則という感じで、②は知り合いに税関の規則を教えているという程度の違いがあるように思えます。

次に、意味的な違いとしては、上記の文体の違いとも関係があるのですが、個人的な判断や信念を含むかどうかの違いがあるようです。この違いは、①が「話し手の気持ちとは無関係」な必然性、②は「話し手の気持ちとして」の義務という違いがあるようです。

③薬を飲まなければなりません。

④薬を飲まないといけません。

たとえば、③は医者から服薬を指示された人がその事実を述べている文ですが、④はその事実を自分の義務として述べているというほどの違いです。

なぜそのような違いが出てくるかというと、「ならない」と「いけない」の出自の違いがあるのではないかと思われます。

「ならない」は「いや、それはならぬ。」のように「だめだ」という意味で江戸時代の武士の言葉として使われていたのに対して、「いけない」は「それではいけない」のように「だめだ」という意味と、「それはいけませんね。」のように「悪い」という意味で明治以降に使われて出したという違いがあるため、「ならない」は「いけない」よりも古い語感があり、そこから現在では正式な書き言葉になり、「いけない」は口語表現として使われ始めたために、個人的な気持ちとは結び付いた義務を表すようになったのではないかという推測です。

このようにそれぞれの表現が使われていた時代の新旧の違いが基本にあると考えると、以下のような組み合わせのなかで、⑦A)の「~ないとならない」だけが使われないということも説明できそうです。

⑤A)薬を飲まなければならない。

B)薬を飲まなければいけない。

⑥A)薬を飲まなくてはならない。

B)薬を飲まなくてはいけない。

⑦A)薬を飲まないとならない。(×)

B)薬を飲まないといけない。

つまり、接続詞の「と」が仮定を表すようになったのが室町時代以降の新しい用法だったため、平安時代から使われていた「ならない」とは一緒に使うのに抵抗があったという説明ですが、いかがでしょうか。

ちなみに、⑤⑥⑦に対応する会話体は以下のように簡略化され、後ろの「ならない」や「いけない」も省略されることが多くなります。

⑤C)薬を飲まなきゃ(ならない/いけない)。

⑥C)薬を飲まなくちゃ(ならない/いけない)。

⑦C)薬を飲まないと(いけない)。

『はなちゃんがいる風景』p.36

91『はなちゃんがいる風景』p.36