OSGフェニックスの選手として活躍し、全日本実業団バスケットボール選手権大会で、1997年から3年連続で優勝を遂げている。
1999年から、OSGフェニックスでアシスタントコーチとして、指導者のスタートを切る。
2009年、浜松・東三河フェニックスのチーム統括就任。
2011年、浜松・東三河フェニックスのヘッドコーチに就任。
その後、信州ブレイブウォリアーズ、愛媛オレンジバイキングス、ライジングゼファーフクオカのヘッドコーチを歴任する。
2017-2018シーズンでは、B2に昇格したばかりのライジングゼファーフクオカを率いて、B2優勝を果たしB1に昇格する。
就任記者会見の模様を、ダイバーシティメディアでは、ライブ中継で放送した。
(記者会見の模様は、山形ワイヴァンズTVで、6月13日〜6月23日の間、午後9時より1時間の特番として放送)
自分からは、今回の就任に至る経緯と、招聘理由を話した。
それを皆で問うた時、一つ目は、「プロ意識やプロの覚悟」と「オフコートや私生活を通しての、バスケットボール選手としての自覚」をチーム文化として培いたいということ。
その為に、プロバスケットボール選手の魂を、磨き育める、選手の意識を醸成できる河合さんを招聘した。
二つ目は、「勝ち切る」「勝つチームづくり」が、これまでのパスラボ山形ワイヴァンズには欠けていた。
勝ちたいという思いはあったが、試合に臨む準備ができていなかった。
「卓越した指導力があり、勝ち切る方法を知っている」バスケット職人の河合さんに託したいと思った。
ヘッドコーチが3年続けて交代なった件についても質問があった。
ヘッドコーチの都合で東京に戻られた方、途中からコミュニケーションが疎らで意思疎通が取れなくなった方など、様々なケースがあった。
小野寺さんについては、当初お互い決めていたボーダーラインを下回ったことでのフロント側の決断。
お互い十分話し合って出した結論であり、小野寺さんは今後は研修を積む予定。
しかし、目に見える事よりも、彼の持ち味は、指導力とバスケット哲学である。
パスラボ山形ワイヴァンズの、新しい物語が始まると確信している。
多くのメディア関係者が集まる中、河合竜児ワイヴァンズのスタートである。