約1ヶ月前の7月2日(水)、山形市のホテルキャッスルには、あまり山形では見かけない、ゴツイ男たちが集まり出していた。



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ジャイアント馬場さんが亡くなってから15年…。

その間、いわゆる『全日本プロレス』は、多様な変遷を辿った。

ある者は『馬場イズム』を継承しようとし、ある者は『新たな全日本プロレス』に変えようとし、またある者は、分裂を繰返しながら己の想いを貫き通した。


しかし、ここに、もう一度『原点』に返り、粉々になりそうな『全日本プロレス』を、再興しようとする人々が集まり出したのである。



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渕さんや潮崎さん達と、初めてお話をさせていただく。

リングとはまるで違う、とても穏やかな二人の笑顔。



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元、横綱曙関は、圧倒的なオーラを放っていた。



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プロレス運営会社の、『全日本プロレス・イノベーション』と『オールジャパン・プロレスリング』の2社を、山形市と横浜市に設立するために、趣旨に賛同したレスラー13人、社員スタッフ13人、そしてケーブルテレビ山形グループ関係者が20人の、約50人が設立総会には参加した。



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秋山社長の決意表明。



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自分からは、経緯説明と今後の方針を打ち出させていただいた。



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レスラーの中では、秋山社長と同様に、山形市に1番多く来て、様々な調整をしてくれたのが、諏訪魔専務である。



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様々な課題や問題点を、スタッフや社員が部所ごとに話し合っていた。


その光景を見ていた秋山社長は、ポツリとつぶやいた。
『全日本プロレスは、絶対変わる!』



それから2日後…。



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7月4日(金)、東京のキャピトルホテルにて、勢揃いした『秋山全日本プロレス』の船出…新会社設立会見を行う。



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ジャイアント馬場令夫人の馬場元子さんも駆けつけてくださった。


週刊プロレスの表紙には、『全日本の大政奉還』と見出になっていた。


これからの全日本プロレスからは目が離せないのである。