赤毛のアンで英語のお勉強 -836ページ目

単純な脳ー理解するとは

単純な脳、複雑な私 池谷 裕二

「自分は理解しているぞ」と自分で感じたら「理解している」

なかなか含蓄のある言葉です。

脳科学の立場からすると、こうなるのでしょう。

勉強の立場からすると、自分は理解しているという意識は
重要かもしれませんね。

未知のもの、分かった気がしないものに対する抵抗感、
拒否反応は非常に大きいです。

本当はわかっていなくてもいいのです。が、分かった気に
なるのは大事です。だから、最初は分からなくても、何度
もやることによって習熟していくことは結構重要なんですね。

習うより慣れろということです。

ゆらぎの問題も面白かったのですが、脳のお話はこれで
おしまいにします。

赤毛のアン6章15

She was beginning to be afraid she couldn't keep
the tears back when Mrs. Spencer returned, flushed
and beaming, quite capable of taking any and every
difficulty, physical, mental or spiritual, into
consideration and settling it out of hand.

flushed:意気揚々として
beaming:喜びに満ちた,陽気な
physical:肉体の,身体的な
mental:心の
spiritual:精神の
take A into consideration:Aを考慮する
settle:解決する
out of hand:即座に

身体でも心のことであっても、それがたとえどんなに
難しいことでも、なんだって即座に解決できるわよ、
とスペンサー夫人が得意顔で勇んで戻ってきたら、そ
のとき自分は涙をこらえることができるだろうか。
アンは不安になりだした。

単純な脳ー使いまわし

単純な脳、複雑な私 池谷裕二

この本で印象に残った箇所のひとつが「使いまわし」。

進化は使いまわしの結果である、なんて書いてあります。

要するに、ある機能を生み出すためには、それに類似の
機能をもつ器官を少しだけ変化させて対応させてきた、
ということらしい。

無から有は生まれないということなんでしょう。

人間の精神的活動も同じですね。

まったく新しいものなどは生まれません。
すでにあるものを真似して、それを新しい環境に適応
することで、一見新しく見える、というのが多いです。

研究の分野では、既にある理論を、こちらに使ってみた
らうまくいった、なんてね。

結局、既存の理論をどれだけ知っており、それをどの
ように応用できるかが分かる人が偉い人なのかもしれ
ませんね。

オリジナリティって本当にあるのでしょうか?