2016

愚民が愚民であることに気づかないというのがこの国の悲劇なんだろうね。ナチュラルに、自分はふつーだと思っている層がすでに愚に汚染されているという。日本が停滞している原因が愚民が増えているからという事実も認めようとしないね誰も。ただ人がいればいいってもんじゃないだろ国って。

12-15 07:56

 

愚民はこれからも増え続けていくにも関わらず人口は減り続ける、からこそ直感的にマジでヤバいと騒ぎ続けている連中がいるにはいるのだが彼らこそ自分自身が愚民化しているとは夢にも思っていないという。自分の身の回りの始末すらできねえのに社会に対して政治的な声を上げている連中はほぼ愚民認定

12-15 07:58

 

なんでこれほどまでに愚民率が増えてるかってーと、原因ははっきりしていて、この国が潜行して愚民化政策やってるから。そしてすでに洗脳は完了していて、かつての「庶民」が自分らが愚民であることを諸手を挙げて望むから、庶民はほぼほぼ愚民にシフトしていった。あまりに使い古された言い回しだけど

12-15 08:05

 

やっぱ国って国民に利口になってほしくないんだよね。特に日本は為政者がやべって早い時期に気づいたと思う。国民どもをのさばらせて(利口にして)はいけない!何とかして従順に手なづけていかなければ!と官僚どもが夜な夜な考えてるから。何十年もかけて浸透してきた。あちらさんの勝利ではある。

12-15 08:07

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http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2016/11/post_4.html


最近の自分の真骨頂ですか(笑)

 

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 具体的に「無」や「無心」の話にいく前に、いろんなアプローチがあると思っていまして。

 まずですね... 「サードプレイス」っていう言葉が、以前、私の周りでけっこう流行っていたのです。今でも巷では流行っているのかもしれませんが。

 スターバックスが提唱しているコンセプト?でしたっけ。カンタンにいえば、家と職場の往復じゃなくてもう1か所、自分の場所を持ちましょうよ、みたいなことだと思います。

別にコーヒーショップである必要はないw

 そしてそこは、居心地のよい場所である必要があります。まぁあたりまえのことですが。

 そして、その「サードプレイス」がどのようなハコなのかとか、どこにあるのかとかではなくて、

そこにいることによるステイタスとかそういうことでもなくw

 そこで何をするのか?が大事だと思っています。

 あそれと、いつか書く機会があったら詳しく書きますが、諸々の条件を満たせるのであればサード・プレイスは自宅でも構わないのです。

 サードプレイスっていうのは(私の定義ですので、世の中的な定義とは乖離があるかもしれません)、家でも職場でもないところ、ということは、極論すれば「何もしない場所」ってことです。何も「生産」をしないところ。

 スタバでこれみよがしにPCを立ち上げて(なぜかMacBookAirであることが多い)仕事してる風な方を、否定はしませんけども、そういう方にとってはスタバは「サードプレイス」ではなくただの職場の延長です。

 「何もしない」ということが大事で、それが「無」と密接な関係がある!と、無理やりこじつけておきます(笑)。

後での伏線のつもり...

 そして「何もしない」というのと、休息とは違います。(それも私の個人的な考え方です)

 何もしなくていい場所で、休息するなんて、もったいなさすぎます。休息は家ですればいい。

 「何もしない」の定義でいうと、たとえば読書とかはOK。何もしてなくないじゃん!本読んどるやん!というツッコミが入りそうですが...

 まぁそういうことで一旦ご容赦ください(苦笑)。

 「仕事や家庭と関係のないことをする」が「何もしない」ことなんですよ、たぶん。

 言い方を変えると、「仕事や家庭と関係のないこと」が、現代人にとっては「何もしない」になっちゃうんですよね、悲しいことに。

 それこそが大事なのに!

 何かしら自分にとって有益なことをしているにも関わらず、です。読書しかり。

 テレビとかネットとかゲームは...確かにそれは「何もしない」に含まれるのですが、え、それやっちゃう?という感じ。私から言わせると。そもそも時間を浪費したくないので...

とっくに人生の折返し過ぎてますから!時間ないんです!

 ていうか最近のオトナって家庭に完全にテレビ、ネット、ゲームが入り込んでるじゃないですか。だからそういうのは家でがっつりやればよくって、「サードプレイス」っていうのは「デジタルデトックス」の場所でもあるべきだと思いますね。

 さて、「何もしない」場所、そして時間を、現代人が、確保しなければならない理由はなんでしょうか?

 それは、まぁありていにいえば「明日への活力」ってことなんでしょうね。明日からもまた、バリバリと働き、バリバリ家事育児をし、家族サービスをし、そしてそれらの生産性を上げるために、「何もしない」と。

 でも本当は、違うんですよ。

 それだったら凡百の飲み会と同じですよね?

 「何もしない」のだけれど、それは「生産」をしないというだけであって、「休息」でもないのだとすれば、何かはしているわけで。

 その「何か」というのは、自分が選択するのです。マスコミやいわゆる「常識」等に惑わされることなく。

 自分がしたいことを、する場所、そして時間。

 つまり...

 サード・プレイスが「主」で、仕事や家庭が「従」なんです。実は。

 ぜんぜん「サード」じゃないんです。ファーストです!(笑)

目からウロコが落ちませんでした?笑

 「仕事や家庭が『従』なんです」と断定すると違和感を感じるのであれば、「従」である「べきなのです」。

 それでいいのです。

ここで川平慈英さんの「イインデス!」を脳内に送り込んでください(笑)

 もし違和感を感じるのだとしたら、それが正しいのかもしれない。なぜなら、それはこれからの時代に主流になる生き方だからです。

つまり必ずしも今は主流じゃないという...

 これからはサード(ファースト)・プレイスを持っていない人生のほうがおかしい、と揶揄される時代になります。

 仕事はまだしも...家庭を「従」と考えていいのだろうか?と、思いますか?

 なんか最近あからさまに家族第一主義の方が増殖してますしね...いわゆるイクメンとかイクメンとかイ(ry

 仕事や家庭を「従」と考えるとはいっても、以前書いたかもしれませんが、ないがしろにしろといってるわけではありません。

 どっちが明日への活力なのか?っていう話なんですよ。つまり、自分の時間を極力確保し、自分のやりたいことに対する生産性を極限にするために、家庭があり、仕事があるんです。

 これもこのシリーズで最初にぶち上げた「劇的なパラダイムシフト」のひとつです。

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エンジニアライフのボツ原稿  未整理。

熱中するモノ、コトを見つけるということについて、長々と書いてしまいましたが、強引にまとめると…

 

それは第2の、あるいは第nの青春時代を迎え入れるということなんですよ。

 

衝動に従って生きる(生きれる)というのはそういうことなんです。

 

青春に年齢は関係ない、とはよくいわれることです。

 

正しいオトナであれば、衝動にまかせた人生を送ってもまわりに迷惑をかけず、人生後半の青春を謳歌することができる。

 

そして迷惑どころか、そういう人はキラキラと輝いてくるので、まわりに好影響を与えます。

 

結局、けっこうな年齢になってからファースト・プレイスを見つけられることこそが人生の勝者なんですよ。

 

趣味を超えたモノを持つこと。

 

ただ単にぽっと出でビジネスに成功し、ぱーっとカネをつかってまた没落していく方々はそれを知らないんです。

 

彼らに共通しているのは「アソび」からファースト・プレイスへ昇華できていないということ。

 

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仕事よりも家庭よりも重要なファースト・プレイスで「生産」する

 

こないだファースト・プレイスは何もしないところと書いたから矛盾があるのでは?

 

いや、ない。

 

仕事もしない。家のこともしない。ただ何かに熱中するということ。

 

人間関係のしがらみからも解放されていることが理想だが。。共同作業というのはあるのでなかなかそうもいかないことはある。

 

ファースト・プレイスで行われている生産が、実はいちばん生産性も高く品質もよい。

 

ただしそれが売れるかどうか、つまりこの現実世界でビジネスになるかどうかはわからない。

 

ただし、ある意味ビジネスすなわち狭義の意味での「経済活動」にとどまらない、枠にはまらない「生産」である。

 

 

どこかで何かしている

 

家でごろごろしているとか

職場で仕事してるとか

朝家で歯を磨いてるとか

 

生産と消費

 

若くしてだらだらしているのは消費行為

もったいない

 

消費行為だけだと人間は破たんする。

 

生産をしないと。

 

これは、マインド的にもそうなんです。

 

原始時代でいえば、誰も狩猟してこなかったらその群れは全滅。

 

誰も農産物をつくらなかったら村は死滅

 

っていう物理的原始的な話じゃないんです。生産をしないと心が死ぬ。

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2016

中・高生の男子を持つ母親の、なんでうちばっかりたまり場になるのか?問題ってさ、昔はその不満が詳らかになる場がどこにもなかったのさ。子供じゃないけど、ウチも父親の仕事上の人間がいれかわり立ち代わりであるときはどんちゃん騒ぎあるときは徹マン。支度も片付けも粗相のフォローも全部母親!

12-02 18:35

 

そういう時代だった、じゃねんだよ。どの時代も女性は不満を持っていたのだ。つかそういや俺の爺さんの時代なんて、よくわからねえヤツが家に住んでたっていうしなw父親が勝手に決めて好き勝手やって、後始末は全部母親!その気分のまんま現代を生きようとすりゃそりゃ母親は怒るよ。

12-02 18:37

 

特に女性だけでなく人間の怨念はキタナい物事への処理を押し付けられたかどうか。トイレ掃除、始末、粗相の始末、あとは食事だってそうだよ。昔は男が勝手に食い散らかしてそのキタナい状況を片付けて皿洗いするのは女性。しかも男って「ちょっとこい、お酌しろ」ぐらい平気でいうから。ああバカども!

12-02 18:39

2016

 

平日ルーティンの掃除 年に200回程度

月朝にやる掃除 年に50回

月初にやる掃除 年に11回

これ全部が、達成するってゆー成功体験なんだよ?自分で設定して成功体験わんさかつくってんの。年末大掃除だけだとたった1回。その差260回!そりゃ人生大幅に変わってくるって。

12-02 06:41

 

人生を変えるなんて、カンタンだよ。ホントに。手順は。ほとんどの人間がそれをやらんだけで。

12-02 07:46

ずっと昔から備忘メモに残ってたやつ。

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10年のスパンで考えるとありえないぐらい道を聞かれることが増えました。

 

その直接的な理由は分析できていて、まず平日はふつうにぱりっとした恰好をして街を歩いていますし、不潔な感じも特にないと思ってます。

 

つまり、怪しげな感じがなくなってきている(苦笑)。だから話しかけやすいのでしょう。

 

そして、10年前と比べたら胸を張って歩いている(自信ありげにみえる?)。そして仏頂面ではない。

常ににこにこしていることは私にはできませんが、むすっともしていません。

ということから、土地勘がない方からすると、その付近の土地に詳しそうに映るのでしょう。(というか実際詳しいのですが!)

 

さて重要なのはここからw

 

10年で100回ぐらい?道を聞かれたか。。わかりませんが(もっとかも?)、自信をもっていえるのは100%聞いてくれた人のご期待には応えています。

 

知名度の高いエリアや商業施設であれば必ずそこまでの道筋を知っていますので最適なルートを回答できます。オプションもつけられます。たとえばその場所まで徒歩10分を超えるのであれば初乗りでタクシーに乗っちゃったほうがとかバスルートとか、ひと駅だけ地下鉄乗ったらとか。

 

セミナーで●●ビルに行きたいのですが。。という聞かれ方することがとても多くて、その雑居ビル自体はさすがに私も存じませんが、最近はみなさんiPhoneで探しているので、マップを見せてくれればすぐにわかります。

 

最適なルートを示すどころか、交番のおまわりさんみたくあそこ右入って二番目を左いて何軒めの。。とかいう回答ではなく、「そこに立てばかならずわかる」ところまで一緒にいってあげます。

(おまわりさんが悪いといっているわけではありませんよ)

 

たとえば高いビルであれば、その場所からそのビルが確認できない場合どっかひらけたところまで歩いていって、「あのビルですよ」と指し示すとか。目的地を目視確認できれば、道がわからなくて困っている方はとても安心しますので。

 

何十回もそういう対応をしてると、なんだか自信持っちゃって、特にここ数年は、聞かれるだけじゃなくて都心部で目的地がわからなくて困っている方にはなるべく声をかけるようになりました。

 

先ほど書いた、少しだけ目的地に近いところまで一緒に歩くのも、声掛けするのもそうですが、忙しい忙しいいってる方にはできない所作です。私は、(自称)ヒマ人でよかったと思います(笑)。

 

なぜ声を掛けられるようになったかというと、その理由のひとつは。。昔は、「なんか怪しいヤツって思われるの嫌だな」という思いがあったのですが(苦笑)上述した理由により、たくさん道を聞かれるということはたぶん自分はそれほど怪しいヤツとは思われないに違いないというみょーな自信がつきw

 

何かお困りですか、と声をかけて、道を聞かれて、わからなかったらかなり恥ずかしいですがw今のところそういうことはないです。

 

ただ、外国人の方に声をかけられるのもたまにありますが、外国人で困っていそうな方に声をかけることはまだできていません(笑)。それが当面の課題(ビジネススコープの拡大w)になりましょうか。

 

ここから先は話半分で結構ですが、道を聞かれるというのは間接的なリピーターなのだな、と強く思うようになりましたね。

 

つまり。。

 

道を聞かれた方とは絶対に一期一会なのです。間違いなく、死ぬまで会うことはない。

 

つまり、リピーターにはなりえない。

 

その方が、東京さ行ったらクマキってヤツを訪ねるといいべ、と地元で宣伝してくれるわけでもない(そもそもその方は一生私の名前を知らない)。

 

なのですが、巡り巡って(ここが人智を超えたところです)、次の「リピーター」が、私の眼前にやってくる。

 

正のスパイラルです。

 

 

 

一期一会だからこそ特に見返りも求めず、親切心のみで、お金以外のすべてのリソースをつぎ込んで全力で対応します。

 

流石に、そこに行くのに地下鉄に乗ったほうがいいですよ、といって165円渡したりはしませんが(そんなことしたら逆に相手にとって大迷惑でしょう)、時間および情報というリソースを惜しげもなく差し出します。

 

 

とある方が都心で道に困っていたとして、たまたま!そこの近くに私がとおりがかりました、と。

 

そしてその周辺に70人の人間がいたとして、たぶんその人が声をかけるべきは私です(笑)。

 

なぜなら私がいちばんその方に最適な答えを提供することができるからです。

 

私は、自信を持っています。

 

2016

2016

俺は学生の頃マッチョじゃなかったから肉体労働者は嫌いだ。前者と後者は一般的につながらないかもしれんが俺の中ではつながる。俺は学生の頃かわいい子にまったく!モテなかったから女性性をウリにする仕事をしてる女性は嫌いだ。たとえばキャバ嬢とか。これも上と同じ。

12-02 16:52

 

若い頃、マッチョでケンカ強いヤツか、スポーツができるヤツがモテた。女は当然かわいいヤツがモテた。必然的に前者と後者はくっついたwこういう人種は、俺の田舎においてはという前提だが、別にアタマよくなかったしふつーだったから、はっきりいうけど今はぱっとしない。離婚してたりする。

12-02 16:54

 

若い頃俺の暮らしてた田舎でブイブイいわせてた男女は、男子は高い確率で自分の肉体を切りうる仕事に就き、そして多くはカネを稼ごうとして怪しいビジネスに手を出したりして、そして多くは落ちぶれていった。過去の栄光。女子の典型は結婚して離婚して女性性を売りにする究極の肉体労働者になった。

12-02 16:56

 

だから突き詰めると、俺は、未成年の時分に栄華を極めて、そしてその後の努力を怠った人間がキライなんだな。手は貸さないぞ、と。だってさ。。本人の前ではいえないけどそういうヤツの現在って男子はハゲで腹出て普段着ジャージだし女子なんてもはや。。自主規制努力を怠ったヤツらは、ね。

12-02 16:58

鏡の世界

テーマ:

https://ameblo.jp/stevengerrardjp/entry-12220532951.html

 

(さらに保留)まだむずかしい。。

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これもちょっとむずかしいので保留

西行と道元の思想の根源は、『華厳経』『大乗起信論』などの仏典にある。たとえば、『大乗起信論』は、四つの「鏡」を隠喩として「真如」あるいは悟っている心について説いている。それらは、「如実空鏡」「因薫習鏡」「法出離鏡」「縁薫習鏡」である。ここで、われわれは、「如実空鏡」と「因薫習鏡」における「鏡の世界」の構造を考察してみよう。「如実空鏡とは、「本来のあり方としてのさとり」である。「それは一切の主観(心)客観(境界)の相を離れていて(遠離=空)何ものもそこに現われるものがない。〔鏡自体には何も映し出すものがないように、〈さとり〉の自体は〕何ら現し出す(照覚)ものをもたないからである」。「因薫習鏡」とは「因としてはたらきかける鏡」である。すなわち、悟っている心は、「どんな影像が現われても鏡自体は汚れないごとくである」。また、悟っている心は、清浄な「鏡」のように、その「鏡」の「面」の前にどのような「映るもの」があっても映し出すことができる。さらに、そのような「鏡」は、「面」に映されるいかに汚れた「映るもの」があっても、「鏡」それ自体を染汚することはできない。換言すれば、そのような心は、万有の本質を把握できるが、どのような汚れる対象に接してもそのまま清浄である
NGUYEN LUONG HAI KHOI
http://repository.nihon-u.ac.jp/xmlui/bitstream/handle/11263/119/Nguyen-Luong-Hai-Khoi-3.pdf?sequence=3

2016

家事をハゲしく手伝うで何が悪いんだっつの。こっちは一家の稼ぎ頭でほとんどの時間仕事にとられてんのになぜ家事への主体的参加まで要求されにゃあかんの。と世の中の男性のほぼ全員そう思っとるわ。家事リーダーが調子が悪いときは主体的は発動されるべき。そんなのわかっとるわい。

11-24 07:11

2016

オトナはラクそう、じゃなくて楽しそうって、子供らに思われたいから、意図的にいろんなことをしたり見せてきた。子育てで勤労意識を植え付けるのはMUSTだと思うから朝早くからびしっと着替えて飯ももりもり食って意気揚々と仕事に出かけるようにしてきた。内心どんな気分であっても。

11-25 07:24