11月も終わりが近づいてきました。

2023年は、牡羊座のわたしにとっては12年に一度の大幸運期到来!!と大きく謳われていました。(色んな占いでw)

 

なので、今年は絶対に飛躍年になるはずだ!と信じていました。(単純)

ところが、表面上でいうならば思ったような展開にならない歯痒すぎる年でした。

今日、これを書いているのは11月23日です。2023年、あとひと月余りですね。

このブログを自分で読み返せば一目瞭然なんですけど、4月から6月の3か月は記事を書くことすら出来ませんでした。。

些細な事を調べるのが好きで、本を読むのが好きで、書くことが好きで、ずっと楽しみの支えだったのに、、、

 

何が辛いって、周りの状況よりなにより、自分で自分を褒められないことなんですよね。

好きな事に夢中で、周りのことなんて別に目に入らなかった自分に戻りたくて堪らないのに、戻れない。

結果、自分の心の中とやらに向かい合うことばっかり調べることにw

7月に記事を再び書き始めたら、その手のことばかり書いてますもんね。

 

わたしはもともと古代の信仰などが好きです。

最初の記事も『銅鐸』についてですしね。

過去記事⇒銅鐸の秘密

銅鐸は祭祀に使われていたと言われていますが、こんな風な巨大な釣鐘状のものに発展する前は、人々の『豊かになりたい願望』から生まれたものだったんです。

豊かとは、色んな表現が出来ます。

飢えや寒さにおびえず暮らせる、仲良く暮らせる、充実して生を全うするetc

 

わたしの生きる目的は、縄文人と同様に、【豊かさを味わう】ことなんだと思います。

それは、億万長者みたいな金銭的な豊かさではなくて、心の豊かさの方。

人の優しさを感じたり、喜びを見つけたり、幸せを感じたり、そういうこと。

そんな豊かさを心が得ると、温かさに包まれるんです。

 

今、話題になっている本をわたしも予約して買いました。

これね。

参照⇒ペンキ画家ショーゲン

わたしの大好きなチャンネルのTORAND VLOGでもショーゲンさんとひすいこたろうさんの対談していたので、こっちが経緯も含めて分かりやすいかもしれません。

参照⇒すべての日本人はみてください

 

ショーゲンさんがアフリカで過ごした村は、なぜか太古日本の縄文人の心の豊かさを大切にしていたという不思議はあります。

アフリカのタンザニアと縄文日本が何故?と。

シャーマンとか言って、オカルト話じゃね?とその部分だけを殊更に大袈裟に捉える必要は無いと思います。

大切なのは、そんな些細などーでもいいことではなくて、いかに縄文の人が豊かさを大切にしていたか、そして日本人にはその血が流れているということ、アフリカの小さな村がその教えを実践してどんなに豊かに暮らしているかということなんです。

一部で騒がれてる2025年問題なんて、どうでもいいことです。

大事なのは、今【心の豊かさ】を味わう生き方が出来るかどうかなんです。

 

銅鐸が巨大化した時代は既に、人は物質的な豊かさに目を奪われるようになりました。

権力争い、土地を巡る争い、ヤマトを統一するのは誰か。

遥か昔の弥生時代には、もう縄文のような平和な心の豊かさよりも現代に近い欲望が巣くってしまい、それが当たり前になってしまったのかもしれないと思いました。

 

しかし、対談の中でひすいこたろうさんが「江戸時代にも豊かさは垣間見えた」とおっしゃってました。人々は笑みを絶やさなかったと。

そういえば、以前小泉八雲のこちらの本を読んだとき、感じたことでした。

過去記事⇒日本の面影


今、日本を含め世界は、不穏な状態です。

それでも、全世界の誰もが幸せを望んでいるはずです。

自分だけが幸せになれれば、他人が不幸になろうが知ったことか!なんて人は基本的にはいないと思います。自分の幸せだけにフォーカスというのは、「自分が幸せでいられるのは、一人で生きているからではない」ということを基本置いたうえでのことなのは言うまでもないことですもんね。

過去記事⇒どくさいスイッチ


そんなことが説明されなきゃ分からないんだとしたら、のび太以下ですw

(のび太だって、痛い目を見てその後分かったしね)