♡今日の私の体型... ♡ | ダイエット依存・生き辛さからラクになる『本物のダイエット』~18年の摂食障害を越えて

ダイエット依存・生き辛さからラクになる『本物のダイエット』~18年の摂食障害を越えて

〇ダイエットとリバウンドの繰り返し
〇痩せたはいいけど生き辛い
〇過食が止まらない、摂食障害の治し方がわからない
*テーマ「生き辛さ」「対人関係」に振り分けた記事は食症状落ち着いた人真っ只中の人全ての方へ。初めての方はリンク集1と2から読んでね。


テーマ:

 

 
こんにちは、
ステップあやです。
今日は驚くことがありました。
 
今日の私の体型に対する私の感じ方…笑
 
摂食障害真っ只も
拒食ダイエットで30キロ代まで痩せたときも
栄養不足でじりじりと何十キロと太った
小太りの拒食症時代も

今の体型まで落ち着くまでの間も

永久に嫌だなと感じるのは変わらないだろうな
と思ってた体のコンプレックスの一つね、
 
今日たまたま鏡みたら
あれ?悪くないんでね?と思える時が突然、今日来た。
別に体の形は変わってないけど感じ方がかわってた。
 
*わたしは、”どんな体型の私も素敵、大好き★”と思えるようになることが回復だとは思っていません。
↓↓この記事に書きました。
 
摂食障害の進行期10年、
回復の波をどんぶらこ期8年
トータル18年の摂食障害の時間はもちろん
 
摂食になる前も
治ってからも十何年
 
痩せてても
太ってても
真ん中でも
筋トレオタクでカラダ鍛えてても
細くする作戦で筋トレやめたときも
したい時にしたい運動だけやってるいままでも

 

私のココ、
太いは太いし
見栄えはよくない、
としか思えなかったのに

 

今日の感じ方は
ココ、確かに細くはないが、
それはそれで悪くないじゃん。
とか思ってる自分がいるってびっくりしたW
 
 
そういえば、
太ることは怖いけど
治りたいから食べよう
って思ってから暫くの
”全身”についての感じ方も同じだったよ。
 
わたしは低体重じゃなかったけど
食べること運動を緩めること、
それが私に必要なんだと理解して
 
それで、体重増加期が

いつまでどこまでなのか分からないのも

凄く怖くて

 

信頼していた医師と栄養士

(摂食の先生じゃなくてどう考えても
 太りやすい体質治したくてかかってた)
に聞いたけど
 
”それはわからない”と
はっきりいわれたことで、腹をくくったの。

 

急に全部言われた通り
食べまーす★運動減らしまーす★

 

なんて、もちろんできなかったけど

 

どうやったらできるか

 

今の自分にはどこまでならできるか

って考えて、やってったよ。

 

何をしたのかは

ブログや本に書いてきた通り膨大です。

 

それで私の場合はだけど、
予告されてた通り
すごく体重が増えたから

(そのあと落ち着く時期が来ます)

もう鏡とかみられなかったのよ。
 
でも何年かして
いつも通り普通にジムにいって
普通に鏡みたら
あれ? 昔なら許せなかった曲線、肉感、
別に嫌だって思わないな私??って
感じる時が突然きたの。
 
心は後からついてくる
っていつもいってるけど、
本当に、なんでもそうだったとおもう。
 

 

太っちゃダメ~

絶対だめ~

恐ろしいことだ!
っていうのは自分のなかの病気の声だから。
 
だから、それの言いなりになって、
体型を変えることだけがんばって
ツラさを解決しようとずーっと頑張ってても
かわらなかったんだ。
 
苦しいやり方で痩せてほっとすることは
18年のうち何度もあったけど
その安心は痩せた一瞬だけで
またずっと痩せてなきゃって恐怖と一緒だった。

 

だから頑張るのはそこじゃないんだ。
 
それを理解するには時間かかったけど
それ理解したことは大きかったと思う。
 
 
っていっても
ダイエットまったく意識しないわけじゃなくて

 

ダイエットのやり方を
食べない →食べる
運動一杯する →減らす
体重→減らす がゴールじゃなくて

体調と心の調子を整えて
(=ホルモンの調子を整えて)
痩せやすい体と食欲を作ることが目的、
 
ってダイエットの指針を
かえるところから始めた。
 
”体の声を聞いて食べるダイエット”っていう
私の最終的に”太らない食べ方”は、
食べ始め当時はなくて
そのあとの試行錯誤で生まれたものです。

 

 

太る=怖いこと、っていう

病気の声は大きくても

 
そのために我慢させていた
自分の本心にも、
気づけるようになっていたから
そう思えたのだと思う。
 
病気の声の下に埋もれていた
本当の自分の声とは、、
 
本当は縛られないで過ごしたい
本当は美味しいものをおいしいねってたべたい
本当は、食事と運動と体重に追われて食べた食べない、痩せた太った繰り返す毎日じゃなく、大切な人と平和な時間を共有したい。

本当は、体形がどうなろうが私の価値は変わらない、大切にされる存在だと思いたい

本当は、体形がどうなろうと変わらず、愛し認めてくれる人と生きていきたい
 
とかいろいろあった。
 
病気さんの声だけきいてれば
一人でダイエットとトレーニングにだけ
没頭するほうがラクといえばラクだけど
そのラクを選ぶと
失うもの、苦しいこともたくさんあった。
 
それに気づいて
本当は今まで私ずっとつらかったな、、

ダイエットで痩せたときも
今度太ったらもうこの安心はなくなるんだ
って怖くて怖くて、
結局、いつもこわかった。、

 

そんな自分の本当の声に気づく時が来たんだ。

 

↑このきっかけは
絶対だダメ、、って思えった
ダメなまま自分を受け入れてもらう体験した時に
涙がとまらなくて
心がふわふわとほぐれるような体験をしたこと。。

 

絶対ダメ~!絶対こうならなきゃ!!

って思いこんでること、

必ずしもそうじゃないって

体験してくことが鍵なんだなあって。

 

 

それでも怖かったけど

 

じゃあ、太るの怖いからって
ダイエット中心の精神バランスととり方
この先もずっと続けていくの?
 
って自分にきいてみたら
そんなこと続けてくなら
もう死んじゃいたい、としか思えなかったんだよ。
 
 
死ぬか生きるかの二択。
何度も死のうとしたけど失敗してるし。
生きるしかないと思ったら

限りある治るための苦しみを選びたいっておもった、、

 
痩せて解決!はどこまでやっても終わりがないから。
 
だから、
痩せなきゃダメっていう病気の声じゃなくて
治りたい自分の声を大切に生きるって決めたんだ。

 

治してる途中はまだ病気なんだから

 

いますぐ自由に食べるとかできなかったけど
自由に食べても大丈夫って証拠、
(このブログや本に書いてること)
それだけを杖にしながら、食べることを許していったよ。
 
そして
食べることを許しながら
わいてきた体力と時間の余裕で
 
体型に関わらず楽しい、心地よい、
そう感じる自分を育てることも、
少しずつ少しずつ、やってきた。。
 
まずは痩せなきゃダメ・・の病気の考えの方に自分をひっぱるものからは距離をおくこともその一歩でした。
 
・メディアのダイエット情報(今ならsnsもだ思う)はできるだけ見ない、
・体重計に引っ張られるなら乗らない
・”ダイエット教”の集団の中に身を置かないなど。

 

何をしたって、治ってる途中は

 

 
実際の何十倍も太っているように感じる
ボディイメージの歪み(病気の症状)も
痩せた太ったが”自分の価値を決める重大事”
になってる心の症状もすぐ直るわけじゃないからツライ。
 
でもそれの気持ちが病気で
病気を治すってそのツライ気持ちのままただ体形だけ太るわけじゃなくて
体型についての感じ方が治ることなんだよ。
 
でもそれも急に治るわけじゃないから
”体形というその点”でのツライのは
”治るプロセス”、通過点なんだと思う。
 
私もすぐそう思えたわけじゃなかったけど
 
栄養のことも食べ物や体型についての価値観
色んな情報がある中で
私はこれを信じた情報を頼りにやってきた。

↑本やブログに書いたことです。

 
それだけじゃなくて
食、体形と無関係のところにあった
ほんとうに生き辛さに向き合ってきて私は良かったと思う。

 

だってまた”心の調子”が崩れて

 

(健康な人でも心身の調子
 どちらも上下の波はあります)
また体型が嫌だなって感じる時が来ても
 
もうあの頃のように、
摂食障害のやりかたや
ダイエット以外の幸せを犠牲にするやり方で
体型だけ変えれば解決しなきゃ!
っていうやり方には戻らくなったから。

 

***********

 

 
今日、悪くないかな?と思った部分以外にも色々コンプレックスはあるよ。
 
そこだけみれば
自信はない、という言葉になるけど、
別にそこに自信がなくてもそれだけの話、。
 
素晴らしいボディの誰かより
私が劣っているとも思わなければ
私よりコンプレックスが多い人より
私が優れているとも全く思いません。
 
このように
自分に対する感じ方が体型次第で
よくも悪くも変わらなくなったのも

根本的に治してきてよかったな、って思うことです。

 

 

 

けど何より、

痩せた太った、食べた食べない、運動が。。

っておろおろする症状で見えなくなっていた
”本当の生き辛さ”がわかるようになったこと、
(ブログのリンク集2-心・回復 にいれてるようなこと)
 
だからこそ、そこを楽にするために
行動、考え方を変えてこられたのが
何より一番治してきてよかったことです。
 
*そういう意味では、症状が止まったからといって そこが最終ゴールではなく、どんどん楽に生きられるようになっていきます。

 

症状で見えなくなってた
本当の”生き辛さ”が見えてくるのも
それもまたつらかったけれども、
それも通過点、なんだよね。
 
私はそこは、人間らしいことで悩めるようになった、、
と思っていたので、
食症状よわめ、心ウツの状態も
後退しているとは思いませんでした。
 
食症状に助けられている部分はあったのも本当だけど、やっぱり食症状で一日振り回されて、それ以外何も考えられない人生は、なんで生きてるのか分からなくなるほどツラかったから。

 

 
**

 

けどさ、
 
嫌だなって思ってたコンプレックスを
まあ悪くないんじゃね?とか思えても
だからってファッション変えよう、
堂々と出して歩こう~とかいう気分には
わたしはならなくてね、そんな自分も嫌いじゃないんだ。
 
私の生ボディを見せるのは
特別な人との特別なとき限定!
 
バーンどうだい!って
堂々としてるのも素敵ですが
私は私で、かわいらしいと思います笑
 
さっきも書いたけど
”体型”に自信はない
=”私”に自信がない、じゃないんだよ。
 
そこが、完全一致になるのは
体重とか体型とかそこ”だけ”しか見えなくなってるとき。
 
ダイエット依存や摂食障害で
ダイエット100%の生活になってるうちに
ダイエット以外の
自分の安心も幸せも自信も見えなくなると
それだけがすべてのような”気がして”しまう。
 
そんな風になったら誰でも
痩せる太るが”怖い”になるの当たり前だな、、
それをそのままにしてきたから
どんな食べ方してもわたし
摂食脳に負けちゃうんだ、、
 
・・・て気づいてダイエット100%で見えなくなった”自分を知る”こと-(ダイエットと無関係のところでどんなことで心満たされその逆を感じるのか
自分が感じることを感じていく)ことも必要だったよ~って書いてきたけどほんとにそれはそうだったよ。
*私は症状と仕事でそんなこと感じる余裕なくなってることにきづいて、会社を休職、退職したくらいですが、私には必要でした。
 
 
このブログ読者の方にはもう症状は楽になっていて、生き辛さ(ダイエットと無関係の部分)で悩んでる人も多いけど、”気のなるその部分”だけ凝視しないで”全体”を見る、という練習は摂食障害の回復で”体型”についてもやってきたけど、基本的にやってきたことはダイエット無関係の生き辛さでもおなじです。
 
”○○ができないのはダメ””○○ができるあの人は素晴らしい”って気になる”そこ”だけ凝視してると、そこだけ凝視して優越感か劣等感しかない苦しい正解になってしまうから。
 

好きでも嫌いでも、それはそれ。

それはそれと思えなくても、それはそれ。
 
”そこ”だけ見て
”そこ”だけイイと思える形に自分を変えよう
~変わらなきゃ~ってなったら、
あ、本当はそこじゃないんだな
ってまずは気づくことが大切だと思います。

 

今日も読んでくれてありがとう(^▽^)/

 

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