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あやさん、こんばんは。いつもブログ、本、共に読ませていただいています。

拒食症だった5年前から、あやさんのブログを読んで、体のこと、心のこと、沢山勉強させていただきました。

その後、3年前に非嘔吐過食になりました。
過食は今もずっと続いています。

体重は20キロ代から、現在●kg。

ここに到達したのは2年ほど前で、
ずっとキープされたままです。

1年前まで私は引きこもりでした。

太った自分を受け入れられず、「痩せたら」外に出ようと考えていました。

けれどあやさんのブログでなんども書かれていた、

痩せたら~するではなく、
いまの自分にできることをする

という言葉に背中を押され、

行動するまでに時間はかかりましたが、今年からパートで、短い時間ですが働けるようになりました。

5年も会うのを避けていた親友にも、物凄い葛藤の末、会えるまでになりました。

仕事して、友達と会って、好きな場所にいって、好きなことをして、たくさん笑えるようになりました。

でも、普段食べる量も、
過食量も全く変わらないのです。


できる事が増えたこと、
去年より確実に進歩していることは
認めてあげようと思っています。

けれど、引きこもっていた時は、

「仕事して友達に会って
 好きなことができるようになったら
 止まるかもしれない、
 満たされるかもしれない」

と思っていたのに、環境が変わっても一向に変化しない過食と体重に、今とても悩んでいます。

今まであやさんのブログや本で勉強してきた体のことや心のこと、理解しているつもりです。

無理せず、自分にできることを積み重ねようと日々過ごしています。でも食べる量も変わらず、体重も減っていかないのは本当に辛いです。

今感じているストレスは特にありません。

ただ外に出ると、体型が気になります。

実際、体型のせいで嫌な思いもしました。

結局私のストレスは太っていることなのです。

 

 

それなのに

過食も、食べることもやめられない。

 

 

食べる事が大好きで、過食は私の”楽しみ”になっているのだと思います。

 

好きな事はあるのに、それでも過食には勝てません。

過食が一番私を癒してくれます。
(と、思い込んでるだけかもしれません)



このまま一生●kgで生きていかなきゃいけないの?

20歳なのに、周りのみんなは沢山青春しているのに、私は体型のせいでやっぱりどこか積極的になれなくて、好きな洋服も着れないまま年を取っていくの?

そう思うともう死にたくなります。

誰だって●kg近い体重なんて嫌だと思います。

あやさん、私はこの数年沢山悩んで悩んで悩んでここまで来ました。

でも、もうどうしたらいいのか分かりません。何をしてもだめです。もう限界です。

こんな風に、ストレスも少なく、確実に生活面で進歩は出来ているはずなのに、相変わらず過食は止まらない、こんな場合はどうしたらいいのでしょうか。

何かヒントを下さい。お願いします。

ペンネーム: だっふぃー



***************


ステップあやです。

これだけの文章の中でも、この大量のブログと本に書いてきたように,あれもこれも色んな可能性が思い浮かぶのですが、

 

そのうちのどれが今のだっふぃーさんの状況にあてはまるのかは
私は読者の方一人ひとりのことは全くしらないので私もわからない、というのが正直なところです。

私もふつうに人間なので、その人の思考パターンを把握するまでにはふつうの対人関係と同じで何度も時間も会話を重ねる必要があります。

ブログではそれ、できないので、、どうしようかな・・といつも迷います。


でも、あくまでもこの文章に書かれた言葉だけで、私が気づいたところを書くならできるので、そのつもりでよんでください。

決して話したこともない人に、決め付けてるわけじゃなくて、こういうことはないかな?って点検してみるポイントくらいにおもってみてください。

-------

 

まず、

>痩せたら~するではなく、
>いまの自分にできることをする


これ実行してきたの、えらいね!自分で、その大進歩を認めてあげらえてるところも、すごいね。


>でも食べる量も変わらず、
>体重も減っていかないのは本当に辛いです。


っていうところは、本当に何もかわっていないかな?っておもったよ。

そこ(過食したしない、食べる量、体重)だけ見てると、何も変わってないように見えて、本人も気づいていないだけで、実は「変わってる部分」もちゃんとある、、ってことがよくあるよ。

 


たとえば、

・朝昼晩と過食してたのが、今はどこか一回だけになってるとか。

・過食時以外は拒食するとかはしてないかも、とか

・量はともかく、過食時の食事内容、あるいは、過食時以外の食事がかわってる、とか


・やってることは同じでも「一日中猛烈な過食衝動と戦っているような、体から湧き出る植えた野獣のような食欲はもうないな、、とか。

・今はストレスかなんかわからないけど、「もやもや」を感じたときだけ過食してるなとか

・なければないですみそうなのに「癖」で食べてるきがする、とか。


結構、このあたりは、「回復途中」でよくある変化なんだけど、本人は最初にいったとおり、そこ(体重や過食の量や回数)だけみてるから、回復してきてることに気づいてないだけ、、ということがよくあるので、ちょっと振り返ってみるといいかもしれません。


あと、もしかしたらもう分かってるかもしれないんだけど

私、心地よく楽しく生きることだけすれば勝手に食欲は減る、ということはいってないので、そこの理解も、ちょっと復習してみてね。

「食べもの(栄養)」も、カロリー過多でも栄養不足はあって、それが原因の体の食欲もあるのだよね。

だから、超完璧ヘルシーにする必要なんてないけど、ジャンクフード、加工食品ばかりで生きてるとしたら、過食以外の食事や
過食に選ぶものの「一部」からでも、美味しく かつ 体も喜ぶ食事に変えていく。

「美味しい」もココロの栄養だから

体の栄養のためにソレを禁止しない。

でも、逆もしかりで
心の栄養のために
体の栄養をおろそかにしない。




>食べるコトが好きだと過食が止まらない

 

ってそれは違うんだ~。

食べること好きなのに、楽しんでないから過食になるのよ。

 

 

ストレスがないんですって言うのも、本当は一杯だと思うよね。

 

この文面だけ見てもわかると思うけど。

 

ちょっとこれよんでみてね。


>過食してもストレスを”感じない”というストレス



体型のことが気になること自体は、それは、おかしいことじゃない。

 

私も、体型について、いやだなぁ~って感じない心を作ることは、目指しては、いないんだ。


ただ、体型がいやだナァ~って思うからって、自分の心身犠牲にしてまでダイエットがんばって痩せれば解決、ではないことを知った。

だから無理はしない。

でも、その時の自分にとって
「無理」にならない程度に
取り入れられることはやる。

食も。運動も。生きることも。



↑これもね、
ネバネバ思考が強いときは

ダイエット=我慢や苦しみに耐えるもの
って考えになってるから
それをやるか、全く何もやらないかの
「ゼロか100」
になっていることもあるので、この辺復習してみるといいかも。

>ゼロ100思考について(運動、食事、その他)


ついでにこちらものせておこう。

人と会うのが怖い、疲れる」という人は読んでみてね
>対人関係のゼロか100-その3

*↑これも割りと、気づかぬストレスのモトに気づくかもしれません。


あとは「食」に対する考え方の部分でこんなのはないかな?

>「ネバネバ思考」や「逆ネバネバ」


それに気づいても、気をつけようと思ったとたんにストレスで過食になる、なんて記事はとてもできないので、やっぱり「過食しながらでも、できることをする」。

 

つまり
やる OR やらないの
ゼロか100ではなくて
今の自分にとってストレスなく

できる程度や頻度みつけて
自分なりの「できる時にできるダイエットだけやる。


体重も体型も気になるモンは気になる。それはそれでやっていく。

 

私の回復期も、頑張って治そうとして太る時期に、体型いじられたり、すきな服が入らなかったりして泣きながらショッピングから帰ってきたこと、あったからツライ気持ちはわかるよ~。


でもね、傷ついても体重に繊細なままでも、体型が嫌いでも幸せになることはできるんだけど、

 

体型がこーだから、人生すべて楽しめない。太ってる限り人間全体の価値が劣る。などというように、自分全体の価値や人生全体に結びつけてるとしたら、その考え方が生きづらさと呼べるストレスを作ってると思うよ。

 


「私の体型というほんの一部」って捉えられるようになったら、
それはもう、「誰にでもあるコンプレックス」です。

 


>一個前の記事でちょうど、「大食い期」を経て5キロ減ってた、ってい方を紹介したけど、決して「全く気にならない心になった」わけじゃなかったはずだよ。
 


自分の進歩に気づかないことも、最大のストレスになってしまうと思う。

そのストレスが「痩せてコントロールできたときの優越感や安堵感」「食べてストレスを曖昧にできる一瞬の快感」で心の安定を取ろうと、摂食障害の「痩せなきゃダメ」なの心の症状や、「ストレス過食」につながる

なんてこともあるので、ちょっと心を点検してみてね。
 

 

だっふぃーさんも絶対こう、って決めつけてるわけじゃなくて、振り返ってみてくれればいいよ。


それと、文章を読んだ中で、何よりもストレスになってるかもしれない、って思ったことがあります。

それは何かっていうと

何をするにも、結局は「痩せるため」にやってること。

最初は「食べながらやせるかもしれない」って動機でもいいんだけど、「痩せるか太るか」だけが全ての行動の目的になってるとしたら、それは、私でも、やっぱりストレスになるよ💦。

それに、「痩せてやろう」って思ってるとストレスホルモンのせいか反動で食べちゃうとか色んな理由があるえけれども、とにかく体って(最初はそれで痩せても)なかなか痩せてくれない体になっていく。

痩せるためにいいことしてても、それがうまくできないとストレスだし、痩せるために悪いこと(とされてること)をすれば
せっかく食べたくて食べててもストレスだし💦

 

…ってなっちゃえば、

慢性的にストレスホルモンが高い体になる(脂肪蓄積&食欲増進につながる)なんてこともあるわけで、もっとストレスなんだ😢。


ココロを楽にすることも、折角自分の心を満たせるはずのことも、すべてが結局痩せるため、、だとしたら

全てが痩せるか太るか次第で「無駄なこと」にしか思えなくなったり、「したくないのに無理矢理やってるって意識になって、ストレスだと思うんだよ。

で、そのストレスが過食のエネルギーになってしまう💦

…なんていうパターンも、私もよく経験してきましたが、今個人セッションでもそういう方と遭遇します。


痩せたい、を否定してるわけではないよ。

 

ここまで進んでこられたのも「痩せるため」って気持ちだったからなら、それも間違っていたわけではなくて、ここまでは、それでよかった、ってことだよ。

でも、その考えだと、ここにきて苦しくて、どうにもこうにも
行き詰っているとしたら、
その苦しさこそがココロが何かを訴えているサインなのです。

何を訴えてるサインなのかはそれぞれ心と向きあって見えてくるものだと思いますが、例をあげてみると、たとえば

痩せる痩せないって結局それだけのために自分を無理させないで~。

 

痩せても痩せなくても、したいと思えること、自分と一緒にいたいって言ってくれる人を選んでほしいよ~

逆に痩せないとダメっていうような人なら自分がそういう人や
そういう考え方を
「選ばない」勇気をもってほしい~

っていうココロの声かもしれない。


ていわれていやだったら、ごめんね(/_;)

辛い気持ちも、このままだといやって思う気持ちも、わかるんだよ。


あやさんはその程度までしか太らなかったからいえるんだとかも幾度となくいわれたことあるけど、ソレをいわれると私も辛かったので悲しいです。

私よりずっと「上げ止まり」が少ない人も、多い人もいるけど
その人自身が自分を否定してたらどの体重だって体型だってつらいにかわりはないんだよ。


逆にいえば、どんな体型だって体重だって、その人自身が「これでいい」とは思えなくても、「そのことはそのこと」として
自分の人生を生きられてたら、それは幸せに変わりないのです。


でも、病気のときは、太って幸せになるなら、治らなくていい
(結局痩せてなきゃだめ)ってなっちゃったりする。その気持ちは病気の症状なんだけど絶対そうだと思い込んでる、だからつらい。

 

だけど回復って
 

単に痩せたいから症状だけを止めたい気持ち(病気の声)と、

 

入れ物の形はどうでも自分自身が感じる幸せを大切に生きられるようになりたいという気持ち(健康な自分の声)

 

を、葛藤させながら、折り合いをつけていくもの。


その葛藤を何度もやってきた身からいわせてもらうと、

 

その人がその人らしく悩んだり笑ったりしながら生きてる様子は
痩せた太ったに関係なく魅力的なものだと思います。

綺麗ごとって思う人いるだろうけど、あなたがそう思うのを、私のせいにしないでね(笑)

きれいごとと思えることも、あなた自身がソレを現実と感じたときから、現実になるんだから(今感じられないのは自分がまだそこにいない)。

事実 私の回復期に凄く素敵だな、「体型、外見に関係なく」
また会いたいな、ハッピーオーラ一杯で素敵だな~って思える人みつけたよ。80キロとか90キロとか100キロ近くある人もいた。女性と男性どちらもいたかなあ。

当時私が勇気をもらった>この人も100キロ近くあったひとでした。

みんな素敵だったよ。


私の回復期に出会った人ではないけどこんな人もいるよ。

今、ラファーファ(プラスサイズの方向けのファッション誌)のモデルのNaoさんも体重はビックリするくらいありますが、今の自分に似合うオシャレもしていて、かわいらしい方ですよ。

*NAOさんも摂食障害だったそうで、当時私のブログや本見てたってツイッターに書かれてました。


人に対して体型に関係なく素敵だな、いいな、って思えるようになっても自分に対しては、そうは思えない、っていう気持ちの段階もあると思います。

そんな時期もプロセスとして通るのは間違ってないよ。むしろ回復の道をちゃんと歩いてるってことだとおもう。


それで人の価値が決まるって価値観は自分のフィルターであって現実じゃないんだと気づいたんだから。

それでもダイエットを諦められない自分も自分だし。やっぱり、好きになれない自分も自分だし。

 

ダイエットがそれ程大きな問題ではなくなってきたと思ったら、残念なことにまた「自分の嫌いな部分」てうまく見つけてくるもんで、エンドレスにため息つく自分も自分だし。

もう無理なダイエットはしないけど、なんやら気にして無駄な抵抗してみるのも自分だし。

あれもこれも思うようにいかない自分も自分だし。

でも、そんな自分も、見方を変えれば、それがかわいいかもしれない・・


かもしれない

かもしれない

・・・・って、それくらいでいいんじゃないかと思う。


気になるその「部分」が「自分の全て」じゃなくて、「体型の話」「顔のパーツの話」とか、部分の話としてとらえられるようになれば、もうそれは問題じゃなくて、皆誰でもあるコンプレックスになるんだと思います。


ただ、忘れてはいけないのは

どんな自分だって自分が心地よく生きていける相手、もの、服、価値観、全て、自分が自分にえらんであげる。自分を苦しめるモノは遠ざける、捨てる。これも重要

これを、逃げるのは甘えだ思って私もやらなかったけど、厳しい言い方でいえば、それをするのは人のせいにしないってことなんだ。


自分の身を削ってまで痩せてないと(痩せる以外でも、苦しい思いして  その人が思い描く条件を達成してないと)私から離れて行くような人ならば、私が私の人生を一緒に生きる人として選びません。

それが好きな人なら寂しいけど、苦しんで相手に合わせてまで一緒にいるより、私は私でいて選ばれないことを選びます。

それは体型以外のこと、仕事や趣味や生き方まで、全部、おなじだよ。

選んでもらうために自分の心身の声を殺して相手に合わせて無理をするのではなく、自分が責任もって、選ぶ、捨てる。

それやらないで(自分の心無視して)摂食障害になっちゃったんだから、治すときだけじゃなくて、治ったあともそれは、ずっと続けて行く指針だと思う。

「世間」が認めてくれないならば、そんな「世間」を自分が選ばない。

 

選ばないというのは「選ばれないこと」を「自分が選ぶ」ことでもあるのです。

 

世間の声と違っても
それがいい、
それでいい、
気にしない
という人がいるのもまた世間なのです。


実際、世間の構成員は色々で、自分が「これが世間の声」って
思ってるだけだったりすることにもきづくかもしれません。

>世間」「世の中」「みんな」って誰のこと?


あと最後に、これもつけておこうかな。

 

好きなことしたいことっていうのを「それをしたら、過食が止まるほどのもの」って考えてるとしたらそれは違うよ。

>過食を打ち消す程の「好きなこと」なんてないよ、と思ったら読む記事

>摂食障害の心の回復、健康的な依存対象を増やす=快楽物質の分泌経路を増やす(回復の指針その3)



色々書いたけれども、どれにあてはまっても、あてはまらくても

チャレンジしてみたり
諦めてみたり、
違う角度でとらえててみたり

心も食欲もそんなふうに、よくなっていくんだと思うから、だっふぃーさんもその途中なんじゃないかナァって思います。

では今日はここまでです(^-^)

 

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