【今回の記事】

【記事の概要】

   ハラスメントで退職を余儀なくされた被害者に救いの手を差し伸べる判断が、大阪高裁で示された。

   職場である遊技場(パチンコ店)で受けたパワハラでうつ病となり、退職に追い込まれた元従業員による使用者(店側)に対する損害賠償請求事件で、控訴審(大阪高裁判決平成31年1月31日)でも請求が認められたのである。

   原審の大阪地裁で認定された悪質なハラスメントをあらためて認定。さらに、原審ではうつ病の発症と長期化の原因として元従業員にも要因があるとして賠償額から25%減額(素因減額)されていたものを、控訴審では減額しなかった

   ハラスメントを受けた元従業員を保護した判決は、将来のパワハラの抑止につながる可能性があり、判決は未確定とはいえ、その意義は小さくない。(ジャーナリスト・松田隆)

「目のやり場に困るほど痛々しかった」パワハラ

   判決文等によれば、原審・控訴審ともに認定した元従業員に対する上司によるハラスメントは、常軌を逸したものであった。

   全従業員が常に聴いているインカムを通じ攻撃的な指示や命令を出し、注意された者が言い訳すると「しばくぞ」「殺すぞ」などと発言。

   また元従業員を店のカウンター横に立たせ、インカムを通じて「みんなもちゃんと仕事せんかったら、このような目にあうぞ」と発言して「晒し者」にしたのである。

   これには同僚からも「目のやり場に困るほど痛々しかった」と供述がなされている。また、スピーカー線が破損したことについて、元従業員を犯人と決めつけ始末書を書かせた。

   こうしたことから、それまで精神疾患の既往歴・治療歴はなかった元従業員だが、うつ病になり休職。上司は在職を願う元従業員に対して退職届を書かせ提出させた。

   元従業員は労災申請し、労働基準監督署長は業務上の認定を行った。

争点の1つは「本人のぜい弱性」の有無

   このような事実認定を行った上で、原審は元従業員の損害賠償請求を認めたが、その一方で25%の「素因減額」を行ったのである。「素因減額」とは、被害者に特異な体質などがあって損害が発生・拡大した場合に賠償額を減額するもの

   原審は治療期間が5年6カ月以上と長く、改善のメドも立っていないことを、本人が有するぜい弱性(精神的なモロさ)の根拠とした。



しかし大阪高裁は、うつ病発症や長期化は素因の一部であることは否定できないとしつつも、素因減額を認めなかった。素因減額を認めるのは「労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるぜい弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情がある」という限定的な場合であるとし、本件はそれには当たらないという判断である。極めて抽象的に表現すれば、「普通じゃないほどモロいタイプでなければ、減額は認めない」ということである。

療養中に「麻雀大会で優勝」だから、うつではない?

   大手広告代理店の社員が長時間にわたり残業を行う状態を1年以上継続した後にうつ病にかかって死亡した、いわゆる「電通事件」(最高裁判決平成12年3月24日)の判決では「労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲」から外れない場合には、素因減額は認められないという判断が示されている。この枠組みを大阪高裁が示したことは、パワハラを受けて苦しむ人への福音となるであろうし、雇用する企業に対する警鐘となるであろう。

   なお、被告は元従業員が療養中にプロ雀士が参加する麻雀大会で優勝するなどしており、うつ病と主張する点と矛盾し、就労が可能だったとの主張をした。これに対して大阪高裁は、うつ病の治療として外出や趣味を行うことを主治医が勧めていることなどから、その主張を排斥した点も見逃せない。


【感想】

   以前、職場のパワハラに悩んで自殺したある男性の記事(今回の記事とは無関係のもの)についてツイートをしたところ、あるユーザーから「(この男性は)単にメンタルが弱かっただけ」という指摘を受けました。「メンタルの弱さ」と関連して考えられるのは、“感覚過敏”が特性とされる自閉症スペクトラム障害による症状です。しかし、この自閉症スペクトラム障害のような発達障害については、世の中では「発達障害」という言葉は知られているものの、実の障害特性については正しく理解されていないことが多いと私は感じています。場合によっては、「発達障害者に対する侮辱に当たる」という理由で、事件の犯人と発達障害とを関連づけることさえ差し控えるという誤った認識さえ存在しているようです。


   上記記事よれば、原審(地方裁判所での第一審)では、「治療期間が5年6カ月以上と長く、改善のメドも立っていないことを、本人が有するぜい弱性(精神的なモロさ)の根拠とした」と、まさに本人のメンタルの弱さを問題の要因の一つと指摘したのです。その上で、原審は「元従業員の損害賠償請求を認めたが、その一方で25%の『素因減額』を行った」のでした。「素因減額」とは、当該問題(うつ病になり退職)に陥った原因が100%職場環境にあったのではなく、本人に元々あった精神的弱さも関係しているという考えの元、被害者である原告が請求した損害賠償を減額される、ということです。

   しかし、一転高裁では、「素因減額を認めるのは『労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるぜい弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情がある』という限定的な場合である」、つまり「普通じゃないほどモロいタイプでなければ、減額は認めない」として、本件はそれには当たらないという判断が下されたのです。事実、記事よれば、「それまで精神疾患の既往歴・治療歴はなかった元従業員だが、うつ病になり休職」とあります。つまり、その時の上司による行為だけが逸脱していたという現れと考えられます。


   では、「素因減額」を受けてしまう労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れる場合」、つまり「普通じゃないほどモロい」場合とは、どのような場合を指すのでしょうか?


発達障害者支援法(平成十六年十二月十日法律第一六七号)では、「発達障害」の定義について、次のように記されています。

「第二条(定義)この法律において「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう。」「(同2)この法律において『発達障害者』とは、発達障害を有するために日常生活又は社会生活に制限を受ける者をいい、「発達障害児」とは、発達障害者のうち十八歳未満のものをいう。


この「日常生活又は社会生活に制限を受ける」場合とは、本人が“通常の生活を送ることができない”ことを意味します。一方で、先の「労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れる」場合とは、“通常”の範囲を外れる、つまり、“通常の生活を送ることができない”場合と解釈できます。これらから分かる通り、“通常の生活を送ることができない”という共通項によって、「素因減額」を受けてしまう「労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れる」場合と、発達障害者支援法で発達障害者と定義される場合とが、同義であると解釈することができます。

   事実、現在全ての事業主には、一定の割合(法定雇用率)以上で障害者を採用することが義務付けられています。つまり、障害者には通常枠以外の特別の採用枠が確保されているのです。

   もちろん、この解釈はあくまで“法律上”のものであって、「スペクトラム(連続性)」という名前からも分かる通り、全ての人が“感じやすさ”という直線の上のどこかに位置しており、道義上”は自閉症スペクトラム障害も個性の一部であると考えます。


   この「労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れ『素因減額』を受ける」場合であるか否か、即ち、発達障害者支援法における「発達障害を有するために日常生活又は社会生活に制限を受ける者」であるか否かは、裁判官によって判断が異なるものであってはならないはずです。一般に、発達障害かどうかについては、医師による科学的な診断によって判断されます。


   自閉症スペクトラムの傾向は健常者であっても大なり小なり誰でも持っているので、個性の範囲として、いわゆる「グレーゾーン(障害域に近い)」の人は存在します。しかし、今回の大阪高裁の判決は、「あの人はメンタルが弱いから休職に陥ったのだ」という判断は、素人による軽々な誤ったものであると同時に、社会は“感じやすさは人によって異なる”という個性の多様性を認めなければならないということを教えてくれています。