【記事の概要と感想】
「(台湾の店で)料理を注文しようと横を向いた女性の髪が隣席の男の手に触れた。男は激怒し『不衛生だ!』と罵った。女性はすぐに謝ったが、男が文句を言い続けたため、女性は『そんなに大声を出す必要があるの?』と言い返したところ、男は鍋のスープを陳さんの顔にぶちまけた。」との報道。
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   決して許されないこの行為。私はこの報道を聞いて、以前東名高速S.Aで「邪魔だ」と言われた男性が、その家族の車を執拗に追いかけ、結果的に両親が死亡したというあの事件を思い出した。

   両事件に共通するのは、加害者の「…べき」という過度なこだわり。高速S.Aの例で言えば「人にどいてもらいたい時には『邪魔だ』等と排除するような失礼な言い方をするべきではない」と言う加害者のこだわりであり、火鍋の例で言えば「人に迷惑をかけた人間が口答えするべきではない」という男のこだわりである。本来なら正しい考え方なのだが、それが余りにも強すぎたのである。


   もう一つ共通している事は、「どうして、たったそれくらいのことで怒るの?」という疑問。しかし、残念ながら人には“感じ易さ”に違いがある。生まれつき“感覚過敏”である人もいれば、社会に適応できないためにイライラしている場合もある。


   そのようなトラブルに巻き込まれないようにするためには、自分が過ちをしたら徹頭徹尾謝ること。そうすれば、相手の「…べき」という“こだわり”が爆発することはない。社会生活の中では、その相手の人間がどんな強いこだわりを持ち、どんな気性の持ち主かは分からない。命を落とすようなことになった後で、いくら相手を責めても大切なものは戻っては来ない。

「これくらいいいだろう」と思わずに、ルールやマナーについて間違いのない言動をとることが結果的に自分自身の安全につながる


   場合によっては、ルールやマナーを守って相手を尊重した態度で接することで、社会に適応できず心を閉ざしている相手の心を開かせることになる場合もあるかも知れない(私事で恐縮であるが、昔私があるスナックで飲んでいたら、他の客同士が激しい喧嘩になったことがあった。そこに私が「どちらにもその人なりの言い分があるのでは?」と仲裁に入ったところ、二人の気持ちが治ったということがあった)。


   究極の理想は、家族や学校内も含めて、皆が相手を尊重した態度で接すること。そうすれば、不適応者も生まれず、誰もがトラブル無く気持ちよく過ごせる社会になるのだと思う。