鏡の前で、ため息の代わりに深呼吸をひとつ
「ねえ、私たちっていつから『とりあえず保湿』が合言葉になったんだろうね」
休日の午後、よく行く駅前のカフェ。向かいに座る先輩のミカさんが、カフェラテの泡をスプーンでつつきながらぽつりと言った。彼女は私より少し年上で、最近50代に突入したばかり。仕事もプライベートもそつなくこなす素敵な女性だけれど、今日はなんだか少しだけ肩の力が抜けているように見えた。
「昔はさ、『とりあえず生』みたいに『とりあえず保湿』なんて言って笑ってたけど、今はもう笑えないのよ。砂漠なの。私の顔面、サハラ砂漠なのよ」
その深刻すぎるトーンに、私は思わず吹き出してしまった。けれど、笑い事ではない。婚活アプリで同年代の男性のプロフィールをスクロールする夜、ふとスマートフォンの黒い画面に反射した自分の顔を見て、ギョッとすることがある。そこには、疲れを隠しきれない、水分を失ったしぼんだ葉っぱのような女が映っているからだ。
「きれいになりたい」と強く願う日は、たいてい心が少し疲れている。誰かに選ばれたいと焦る気持ちと、もう無理をしてまで人に合わせたくないという気持ち。その二つの間で揺れるたびに、肌からすーっと水分が蒸発していくような気がするのだ。
高級クリームより欲しいのは、気兼ねない安心感
美容業界で働いていた頃、私はそれこそ星の数ほどの化粧品を見てきた。宝石箱のようなパッケージに入った数万円のクリーム。一滴で魔法のように肌が蘇ると謳う美容液。もちろん、それらには素晴らしい成分が含まれているし、お客様の顔がパッと輝く瞬間を何度も見てきた。
でも、今の私がリアルに求めているのは、毎晩のバスタイム上がりに、残高を気にせずバシャバシャと使える相棒だ。
先日、気合を入れた婚活デートの前夜のこと。奮発して買った1枚2,000円の高級シートマスクを顔に貼り付け、祈るような気持ちでベッドに入った。結果はどうだったか。翌朝、見慣れない栄養分に肌がびっくりしたのか、あごのラインにポツンと小さな吹き出物が誕生していたのだ。鏡の前で、私は崩れ落ちそうになった。
高ければいい、というわけではない。特別な日の「魔法」よりも、毎日の「安心」のほうが、いまの私にはずっと必要なのだ。それは恋愛も同じかもしれない。たまの高級フレンチより、すっぴんで一緒にうどんをすすれる相手のほうが、結局は長く一緒にいられるのと同じように。
美容部員だった私が、ドラッグストアで立ち止まった日
ミカさんとのカフェからの帰り道、私はいつものドラッグストアにふらりと立ち寄った。トイレットペーパーを買うついでに化粧品コーナーを眺めていると、見慣れたシンプルなボトルたちが目に留まった。「ちふれ」だ。
若い頃は、正直言って少し物足りないような気がして素通りしていた。けれど、美容の現場を離れ、酸いも甘いも(そして肌の曲がり角も)経験した今、改めてその成分表示を見ると、驚くほど真面目で誠実な作りにハッとさせられる。
今のちふれは、昔のイメージのまま止まってはいない。特に50代の複雑な肌悩みに寄り添うシリーズは、密かに、いや堂々と進化を遂げていた。
棚に並んだボトルを見つめながら、私は心の中で腕組みをした。今の私の肌には、どっちが必要なんだろう。
赤の包容力か、青の透明感か。50代の肌が選ぶ「ちふれ」
ちふれの化粧水にはいくつか種類があるけれど、大人の女性がドラッグストアで迷うとしたら、ずばり「赤」と「青」だろう。
まずは、赤いボトルの「濃厚 化粧水」やエイジングケアライン。 これは例えるなら、全てを受け入れてくれる包容力のあるパートナーだ。シャバシャバというよりは、少しとろみのあるテクスチャー。肌に乗せた瞬間、「はいはい、乾燥してしんどかったよね、もう大丈夫だよ」と優しく抱きしめてくれるような安心感がある。 50代の肌に不足しがちなハリや弾力をサポートする成分がぎゅっと詰まっていて、塗った後の肌は、手のひらに吸い付くようなもっちり感。「最近、顔が疲れて見える」「ファンデーションが粉を吹く」という、乾ききったサハラ砂漠肌には、この赤の保湿力が心強い。
一方で、青いボトルの「美白化粧水」。 こちらは、マンネリ化した日常に爽やかな風を吹き込んでくれる、少し刺激的な存在だ。「美白」と聞くと夏のイメージが強いかもしれないけれど、大人の肌は一年中くすみと戦っている。 トラネキサム酸などの美白有効成分が配合されていて、紫外線ダメージだけでなく、なんだか顔全体がどんよりして見える「お疲れくすみ」をパッと晴らしてくれるような期待感がある。赤に比べるとみずみずしい使い心地で、肌にスッと入り込んでいく感覚がたまらなく気持ちいい。
乾燥と小じわをふっくらさせたいなら「赤」。 鏡を見たときのどんより感をどうにかして、透明感を取り戻したいなら「青」。
値段を見れば、どちらも千円札でお釣りがくる(詰め替え用ならさらに優しい)。これなら「今日は赤でしっかり保湿して、明日の朝は青でシャキッとさせる」なんていう、二股交際……いや、贅沢なダブル使いだって許されてしまうのだ。
惜しみなく潤すことで、心まで満たされていく
結局、その日の私は「赤」のボトルと詰め替え用をカゴに入れた。今の私には、なによりもまず「包容力」が必要だと判断したからだ。
その夜、お風呂上がりの洗面所で、私はいつもの倍の量の化粧水を手のひらに取った。少しとろみのある液体を、両手で顔全体を包み込むように、ゆっくりと押し込んでいく。高い化粧水を使っていたときは「もったいない」とチビチビ使っていたけれど、ちふれなら「これでもか!」というくらい浴びるように使える。
肌がゴクゴクと水分を飲み込んでいくのがわかる。何度も重ねづけをしているうちに、こわばっていた表情筋がふっと緩んでいくのを感じた。
「なんだ、私、ちゃんと潤うじゃない」
鏡の中の私は、朝よりも少しだけふっくらして見えた。気のせいかもしれない。でも、自分で自分を満たしてあげられたという事実が、なによりも嬉しかったのだ。
完璧な肌なんて、もう求めていない。年齢を重ねればシミもシワも増えるし、婚活だって連戦連勝とはいかない。でも、こうやって毎日惜しみなく自分を慈しむ時間を持てれば、私は私のままで、なんとかやっていけそうだ。
ふと、スマートフォンの画面が光った。ミカさんからだった。 『今日買った化粧水、バシャバシャ使ったらちょっと生き返ったかも!今度あのカフェに、すっぴんで行ってみる?笑』
私はクスッと笑って、画面を伏せた。明日の朝は、少しだけ丁寧にメイクをしよう。完璧ではないけれど、昨日より少しだけ水分量が増えた自分を、今はけっこう気に入っている。



