「突き抜ける」って言いながら、私は今日もカーテンの隙間を直していた
朝、目が覚めた瞬間に、部屋の空気が「冬の朝」って顔をしていました。
暖房を入れるほどでもない、でも布団から出ると肌がきゅっとする、あの絶妙な冷たさ。カップにお湯を注いで、湯気を見て、今日の自分のコンディションを測るみたいに一口飲みました。
今年の目標は「突き抜ける」。
ブログの収益はもちろん、仕事も、貯金も、健康も、どれかひとつだけでいい。
“ちゃんとやれば伸びる”って知ってるし、“やらなかったら今のまま”も、もっと知ってる。
なのに、私はスマホのメモに「突き抜ける」って書いたその直後に、なぜか部屋のカーテンの隙間を直しはじめていました。
朝の光がちょっとだけ漏れてるのが気になって、指で布地を引っぱって、ピタッと整えて、「よし」って小さく頷く。
…いや、今それじゃない。
今日の私のやるべき“突き抜け”は、カーテンの隙間じゃない。
そんなことを思いながら、また湯気を見ていました。
いちばん怖いのは、やる気があるのに「逃げる手」が増えること
今日実際に起きた小さな出来事は、たぶんこれです。
「やるぞ」って思った瞬間に、部屋の“整え”に逃げたこと。
掃除とか片づけって、悪いことじゃないし、むしろ生活が整うし、気分だって少し上がる。
でも今日の私は、その“いいこと”を、都合よく使ってた。
ブログの管理画面を開く前に、机の上のペンの角度を直す。
仕事の資料を作る前に、キッチンの水滴を拭く。
運動しない代わりに、ストレッチ動画だけ保存して満足する。
全部、やってることは立派そうなのに、肝心な「突き抜け」の方向には進んでいない。
こういうときの自分って、ちょっと賢いフリをしてる気がするんです。
そしてここで、誰にも言わなかった本音がひとつ浮かびました。
「突き抜けたいって言いながら、失敗して“才能ない”って確定するのが怖い」
頑張ったのに伸びなかった、結果が出なかった、それを認める瞬間が怖い。だから、結果が出る場所に立たない。
“努力の途中”という安全地帯に、ずっと居座れるように、カーテンの隙間を直していた。
「やる気がない日」じゃなくて、「本気がバレるのが怖い日」
私、やる気がないわけじゃないんですよ。
むしろ、目標の言葉だけは立派に作れるし、計画だってそれっぽく立てられる。
でも、やる気があるのに動けない日は、少し厄介です。
だって、自分でも理由がわからないから。
今日の私は、朝からずっと“追い風”みたいな気持ちはあった。
なのに、記事の下書きを開いた瞬間、胸の奥がすっと冷える感じがして、手が止まった。
そのときの違和感は、疲れでも怠けでもなくて、
「ここから先は、やった分だけ自分の実力が見えちゃう」っていう、妙な緊張だった気がします。
頑張るって、眩しい言葉みたいに見えるけど、実際はけっこう怖い。
頑張るほど「結果」という鏡が鮮明になるから。
たぶん、同世代の女の人って、こういう怖さを抱えながら普通に働いて普通に暮らして、普通に「もっと良くなりたい」って思ってる。
だからこそ、あえて言いたい。
「わかる…って言いながら、今日も無難な方を選んじゃう日、あるよね。」
いきなり突き抜けようとしないで、「逃げ癖」を名札で呼んでみる
後半でようやく、今日だけの小さな気づきです。
突き抜けるために、何か特別な根性が必要なんじゃなくて、今日の私はまず「逃げ方」を見つけて、名前をつけるべきだった。
私は今日、自分の逃げ方がすごく上手になってることに気づいて、ちょっと笑いました。
カーテンの隙間、机の角度、キッチンの水滴。
これ、全部「やってる感」を作る天才的な小道具。
だから試しに、心の中で名札をつけてみたんです。
「カーテン直し=安全地帯」
「机整え=失敗回避」
「保存だけ=未来の自分に丸投げ」
すると不思議で、名札をつけた瞬間、ちょっとだけ恥ずかしくなって、ちょっとだけ笑えて、
笑えたからこそ、記事の下書きを開けました。
突き抜けるって、たぶん派手なジャンプじゃない。
“逃げたくなる自分”を否定せずに、でも手を引いて戻すみたいな作業の繰り返しなのかもしれない。
今日の私は、1時間だけ作業して、結果はまだ何も変わらない。
でも、カーテンの隙間を直す前に「それ今じゃないよ」って自分に言えた。
それだけで、ほんの少し、今年の目標に近づいた気がしました。
最後にひとつ、問いかけで終わらせてください。
あなたが最近、なぜか急にやり始めた“どうでもいい整え”って、もしかして何から逃げるための小さな儀式だったりしますか。
今年こそは「突き抜けるぞ!!」




