勉強するには2種類ある。


自分が率先してやる勉強と


受身でやる勉強だ。



前者はやる勉強で、後者はやらされている勉強だ。



はっきりいって、

やらされている勉強ほど意味のないものはない。


とはいえ多少なりとも知識や経験にはなるので

すべてが無駄! とは言いませんけどね当然。

まぁそういうだらだらに流されるぐらいのようであれば

ある程度のところでその分野には見切りをつけつつ、

自分がやりたいことを見つける努力に時間を費やすほうがいいぞ。



やりたいことが見つからないのであれば、



今までに勉強を通して得たことを見直してみて、

一番打ち込めそうなことや、

はたまたそこで得た「なぜ、なに?」という疑問をもって

自ら新たなことにチャレンジしてみるのもいいと思う。



とりあえずこんな勉強くその役にもたちそうにもねーと思ったのならば


まずは


「これはなんのためにやっているのだろう?」


「これはなんの役にたつのだろうか?」


という疑問を持とう。



はっきり言えば、

勉強するということは人生の選択肢を増やすことだ。



たとえば英語の勉強を野球の素振りとたとえよう。



さてその「素振り」、


ただなんとなく毎日100本振っている野球選手と、

目標をもって50本「素振り」をしている野球選手

どっちが成長すると思う?



目標なき素振り、やらせている素振り練習なんぞ

つまらない以外の何ものでもないし、

そもそもピッチャーになりたいんだ! と気づいた人は

おそらく素振りではなく投球練習に身を投じるだろうし

そちらのほうが断然効率もいい。


というか、投手を目指す人にとっては

素振りする時間はもったいないとも思うようになるだろう。



ここでは英語を素振りというたとえで置き換えたが、

勉強とはオールラウンドにいろいろなものを含めて勉強といえるだろう。



あともう一つ。

勉強の中には仕方なくやらされるものも

必ず存在することを忘れてはならない。



植物が光合成を行うの二酸化炭素、光、(水)が必要なように

なにかを達成するためにいくつかの要素を求められるときもあるだろう。


入試などがとてもいい例だろう。




勉強すること。


それはいくつになってもできる。


そしてそれは自分の選択肢を広げるための一つの手段だ。



やらされるんじゃなく、利用しよう。