【訃報】 ホセ・ナポレス 元統一世界ウェルター級王者 | BOXING MASTER

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輪島功一選手の試合に感動、16歳でプロボクサーを志し、ボクシング一筋43年。ボクシングマスター金元孝男が、最新情報から想い出の名勝負、名選手の軌跡、業界の歴史を伝える。

1970年代のリングを代表する名王者。元WBA&WBC統一世界ウェルター級王者ホセ・マンテキーヤ・ナポレス(キューバ)が、16日(日本時間17日)、メキシコシティの病院で家族に見守られながら逝去。79歳だった。世界スーパーライト級1位の座にあったナポレスは、1964年初来日。3月1日、東京・蔵前国技館で世界10位の吉本武輝(リキ)選手を初回でKO。日本のファン、関係者を驚かせた。

 

 

指名挑戦制度などなく、強いが為に世界王者から挑戦を回避され続けたナポレスは、長らく無冠の帝王と呼ばれていたが、1969年4月、ようやく世界ウェルター級王者カーチス・コークス(米)へ挑戦のチャンスを掴み、13回終了TKO勝ちで世界王座奪取に成功。

 

 

上写真は初来日したナポレスを間に、山村若夫(協栄・右)選手と山中 明 (協栄)=ジョー山中=選手。

 

 

3度防衛後、偶然のバッティングによる左目のカットが原因でビリー・バッカス(米)に王座を奪われたが、再戦ではあっさりKOして王座奪回。通算13度の防衛に成功。1974年2月にはカルロス・モンソン(亜)の持つ世界ミドル級王座に挑戦したが、さすがにモンソンは強く2階級制覇はならなかった。

 

 

1972年11月には再来日。和歌山で東洋ウェルター級王者 龍 反町(野口)選手を相手にスパーリングを披露。東洋無敵の反町選手は、「いや。怖かった。しかし、うまいもんですねェ」と感心する事しきりだった。

 

 

ラストファイトは1975年12月。ジョン・H・ストレーシー(英)に6回TKO負けで王座を明け渡すと、潔くグローブを壁に吊るした。通算戦績81勝(54KO)7敗=BoxRec=。1984年には世界ボクシング殿堂入り。偉大な王者でした。ご冥福をお祈り申し上げます。