ボンバー&シャイアン&ハルク&大嶋 「スナック・ミナミ」 | BOXING MASTER

BOXING MASTER

輪島功一選手の試合に感動、16歳でプロボクサーを志し、ボクシング一筋40年。ボクシングマスター金元孝男が、最新情報から想い出の名勝負、名選手の軌跡、業界の歴史を伝える。夢と勇気と感動を与えるブログ。


テーマ:

ボクサーライン。右から元日本ライト級王者シャイアン山本(国際)氏と、その教え子である元日本ライト級1位大嶋宏成(シャイアン山本)氏、元WBA世界スーパーバンタム級チャンピオン佐藤 修 (協栄)氏。そして左端は山本氏の大先輩、国際ジム設立当初に活躍された元日本&OPBFスーパーフェザー級1位のボンバー内田(内田正二)氏。写真はJR三河島駅近くにある内田氏の経営する、スナック・ミナミを訪問した時のスナップ。

 

 

元WBC世界スーパーバンタム級王者ロイヤル小林(国際)氏とは、自衛隊体育学校で同期だった内田氏は1973年4月、後の日本ライト級王者成田城健(ヨネクラ)氏に勝ってプロデビュー。1975年6月には、マレーシアのクアランプールで開催されたアリvsバグナーの世界ヘビー級戦興行で、再起して来た元世界バンタム級王者ライオネル・ローズ(豪)と対戦するも判定負け。しかし、初の海外遠征でアリの練習を見れた事は大きな収穫になったと言う。

 

 

小林選手にスパーリングで揉まれて育ったシャイアン会長は、内田氏にもスパーリングでかわいがられたのではと思ったのだが、「それがやったことないんだよ」。内田氏は1978年9月の樫ケンオー(中村小田原)戦での勝利を最後に引退。通算戦績は24勝(11KO)4敗2分。

 

 

1979年7月の内田氏の引退記念興行では小林選手が、友成 光  (新日本木村)選手と戦いまさかの判定負け。その後、友成選手は世界1位となりサムエル・セラノ(プエルトリコ)の持つ世界王座に挑戦しているが、友成選手は78年1月、内田氏に判定負けの記録が残っている。

 

 

現在の内田氏は、スナック・ミナミのマスターとしてご健在。ボクシングファンの皆様のご来店を楽しみにされております。「いつか、ロイヤルの先を越してやる」という野望もあった内田氏とのボクシング・トーク&カラオケ対決ご希望の皆様のご来店をお待ちしています。「マスター見ました!」と言ったら、何かあるかも知れません(~~)。

 

        

BOXING40年@ボクシングマスター金元孝男さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります