2018 「協栄ボクシングジムOB会」 | BOXING MASTER

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輪島功一選手の試合に感動、16歳でプロボクサーを志し、ボクシング一筋40年。ボクシングマスター金元孝男が、最新情報から想い出の名勝負、名選手の軌跡、業界の歴史を伝える。夢と勇気と感動を与えるブログ。


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16日、東京・新宿の京王プラザホテルで協栄ボクシングジムOB会が開催された。先代の金平正紀会長に育てられた選手をはじめ、多数のボクシング関係者が集合。楽しいひと時を過ごしました。下写真左から上原康恒氏、渡嘉敷勝男氏、宮下 政 氏、佐藤 修 氏、柴田国明氏。

 

 

上原氏の隣は当時珍しい学士ボクサーとしてスカウトされた山村若夫氏。右端は協栄ジム会長も務めた高橋勝郎氏。

 

 

元WBC世界スーパーフェザー級王者リカルド・アルレドンド(メキシコ)をめぐり因縁ある二人。柴田氏は最初協栄ジムに入るつもりで門を叩いたが、親の承諾書の前にその道を阻まれ、後、ヨネクラジム入り。上原氏は1973月11月にアルレドンドとのノンタイトル戦に勝利し世界ランク入り。次は王座を賭けてとの約束があったが、金平会長は柴田選手に順番を譲る。74年2月、柴田氏はアルレドンドの王座を攻略。世界王座に返り咲いた。

 

 

柴田戦が実現されない状況となった上原氏は、74年8月にハワイでベン・ビラフロア(比)のWBA王座に挑戦するが、勝負を焦り2ラウンドKO負け。その後、サムエル・セラノ(プエルトリコ)を破り世界王座を獲得するまで、8年間の回り道をすることになった。

 

 

協栄ジムを実質的に切り盛りして来た大竹重幸氏(左)と、山村氏、宮下氏。広島の「広島の粗大ゴミ」と言われていた竹原慎二(沖)選手を世界ミドル級王者に育てた宮下氏も、その昔は故郷広島で竹原氏に勝るとも劣らないやんちゃぶりを発揮。危機を救われた山村先輩には頭があがらない。

 

 

 

上はスーパーフライ級で世界挑戦もした元日本フライ級王者田村知範(オークラ)氏と、私の教え子である元OPBF1位白石豊土氏。下写真は田村氏と大竹氏の教え子の一人、元ランカーの高山秀樹氏。田村氏は現在、師匠の西城正三氏の後を譲り受け、世田谷オークラジムを主宰。

 

 

下は互いにデビュー戦同士で戦った佐藤 修 氏と、大里和則(18古河)氏。「サ〇エさんじゃありませんよ!」(⌒▽⌒)

 

 

パーティーには渡辺 均 日本プロボクシング協会会長も出席。OBとして先代会長への感謝の気持ちを述べた。また、先代会長の盟友黒木利秋氏は、「二人でやって行こうという事で、金平ジムを始めたんですが、ある時、二人して先物取引で大損してしまいまして。もう、とても返せる金額ではなく、煮るなり焼くなり好きにしてください」と頭を下げに行ったエピソードを披露。

 

二人が覚悟を決めて向かった先は、商品取引の協栄物産(株)。当時の高橋会長が、「煮るなり、焼くなりなんて物騒なこと言わないで、協栄がスポンサーになりますから、頑張ってやってください。という事になり、金平ジムは協栄ジムになったわけです。あの時は、本当に助かりました」と遠い昔を懐かしんでおられました。まさに、ピンチはチャンスですね!。

 

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