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輪島功一選手の試合に感動、16歳でプロボクサーを志し、ボクシング一筋40年。ボクシングマスター金元孝男が、最新情報から想い出の名勝負、名選手の軌跡、業界の歴史を伝える。夢と勇気と感動を与えるブログ。


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クリスマスイブの夜も大竹重幸氏と相も変らぬボクシング談義。「喜友名はどうしているんですか?」。「元気ジムでトレーナーやってるよ!」。元日本ライトフライ級王者の喜友名朝博(協栄)選手は、大竹氏が育てた最初の選手。新人王戦で敗れ、特に目をかけてくれるトレーナーもいなかった喜友名選手のスピードに目を付けた大竹氏が、トレーナーを買って出た。

 

 

1986年6月、喜友名選手は韓国・仁川でWBA世界ライトフライ級チャンピオン 柳 明祐(韓国)に挑戦。試合数時間前、大竹&喜友名コンビの応援に行っていた私が、急にセコンドに就くことになった。「今は便利になってYouTubeで試合も見れますよ」。31年前の映像。私も大竹氏もさすがに若い!。

 

 

この試合。全く急に出番を告げられた喜友名選手は、初回に尻餅をつくダウンを喫し、我を忘れてしまった。一気に柳にペースを握られ、中盤持ち直したものの、無念の12回KO負け。体力、パワーの差を痛感させられた大竹氏は、新たなトレーニングメニューを考え、喜友名選手と再スタートを切ったが、「こんなの、もうやっていられない!」。世界戦から僅かな時を経て、あえなくコンビは解消された。

 

失意の大竹氏を支えたのは、先代金平正紀会長の「気にする事無いですよ。選手は負けたら全部トレーナーのせいにするもんなんです」の一言だった。長い間、気まずい関係が続いていた二人だが、指導者としてボクシング界へ復帰した喜友名氏が、「あの時はすいませんでした。先生の気持ちは、今になってよくわかります」と謝罪。「喜友名も指導者になって、色々とわかって来たみたいだね。良かった、良かった」。

 

喜友名氏がチャンピオンを作る日を楽しみに待っている大竹氏であります。それにしても、やっぱり若い!。

 

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