今年、何かの間違いで社会人になってしまった私だが、紛うことなき働きアリと化している人生である。
そんな私が毎日7回ほどは思うことがある。
この世の社会人、凄くね???
私の朝は絶望から始まる。
「今日もこの日が来たか(毎日)」...と天井を見つめながら死にたくなる。
「絶対に今日はもう行かねぇわ笑」と思いながらノロノロと出社の準備をし、気づいたら家を出ている。
そして気づけば朝礼に参加し、気づけば仕事を始めている。
日々、自分は何をやっているんだろうかと目から味噌汁が出そうになるのを堪え、定時を迎える。
この、なんとも言えない苦行を、この世の人類は毎日行っているのだ。
目から味噌汁がでそうになるのは、何も会社のせいだけではない。
なんの目的もなく、なんのやりがいもなく、ただただ人員不足の波に乗り日々業務の押しつけに合う自分に嫌気がさしているのだ。
確かに自分でこの会社を希望したのだ。学校を卒業したばかりの甘いガキは、確かに胸を躍らせ入社したのだ。この世の〝大人〟に期待してスーツに袖を通したのだ。
しかし、現実の大人とはそう簡単ではなかった。
大人とは、責任を負うのを極端に嫌う。
見たこともない、触れたことも無い、関わったことも無い書類を見せられ、「間違いを正せ」と言われた時には、上司の目玉を書類に挟んで保管してやろうかと思うくらいだった(?)。
しまいには、なんと私が生まれてもない年の書類の処理まで言いつけるようになった。
また別の日、慣れない業務でミスをしてしまった私に上司がかけた一言目は、「どうするつもり?」だった。
確かにミスは私の責任だ。そこはいいのだ。
しかし、そのミスがなぜ起きたか、そのミスをどうカバーするか、何も分からない入社3日目の新人にその言い方はどうなのだろうか。
私は、入社3日目にして大人に絶望してしまったのだった。
この世には、こういう理不尽に耐えている大人はどれほどいるだろうか。
そういった人のことを考えると、私は尊敬の気持ちが溢れ、愛をこめて花束を送りたくなるほどだ。
私の思う会社とは、成長し、助け合う場所だと思っていた。
上司は成長のためなら愛のあるお叱りをくれ、落ち込んでいるところに缶コーヒー(飲めない)を差し入れてくれる、そんなものだと思っていた。
まぁ後半は言いすぎたが、それくらい人情味のあるものだと、勘違いしていた。
願わくば、次の人生ではそんな夢のような会社のために身を粉にして働きたい。
まぁあと70年は生きるけどね。